マルコ・ブルーノ見聞録

2012年7月24日 (火)

マルコ・ブルーノさん You Tubu に載る

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

猫の郵便シャボットの通常記事更新は休止中ですが、
猫の保護活動を応援してくれる人のため、また猫の保護活動を多くの人に知ってもらうため活動報告をしています。

Help             マルコ・ブルーノさん主催 動物愛護支援の会

bell マルコ・ブルーノさんが、6月19日ペット法塾主催 動物愛護法改正前夜勉強会で講演をされましたが、その講演が You Tubu (←クリックして下さい) に載っています。

マルコ・ブルーノさんはご自分の身体を動かして直接、犬や猫の保護活動に当たって来られました。
このような集会でマイクを持つ人のなかで、実際の活動をしている人はあまりいないと言うのが実際のところですが・・・
マルコさんのお話はすべて経験からの言葉ですから、共感をし、うなづいて聞くことばかりです。ぜひ、ご覧下さい。

それに6月19日当日は台風で、帰宅する時は横殴りの霧状の雨風でひどい目にあいました。それが今居ながらにして、マルコさんのお話が聞けるなんて、“なんてラッキー!”  です。(鉄腕ウンガ)

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2012年7月22日 (日)

マルコ・ブルーノ : ことばあつめ6 保護した数は

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

猫の郵便の通常記事更新は休止中ですが、
マルコ・ブルーノさんの動物たちのための貴重な 「言葉」 を紹介しています。

【マルコ・ブルーノ : ことば集め6 保護した数を言わないのは?】

保護活動をしている中で出会った人たちから 「僕は年間、何百頭TNRしました。」また、「私は今まで何百頭を里親に出しました。」とその活躍ぶりを聞くことがありました。
この言葉を聞いた時、「すごいですね。」 と返事をしましたが、何か心に座りの悪さと言うか、釈然としないものが残りました。
その言葉から受けた空気感は、大きな枠の中に猫が入っていて、一頭一頭それぞれの猫の顔が見えないような感じ、心に一抹の寂しさがただよいました。

なぜ、その時そう感じたのか?
マルコ・ブルーノさんの言葉を読んだ時、「ああ、そうだったのか。」と理由が判りました。

毎日、外で暮らす猫たちに給食をしながら、思うのは「中に入れてあげられなくて、ごめんね。」と言うことです。

外で生活する事は困難「もう、無理だろう.」と判断した猫は室内に保護をしてきました。
すでに室内のキャパシティは限界状態です。保護活動・給食をしている猫を全部室内保護することは出来ません。
外で暮らすそれぞれの猫に申し訳ないと言う思いがいつもあります。
この思いはマルコさんの言葉を読んでよりはっきりとした輪郭を持ちました。

マルコさんの言葉は、「世界に一人でも不幸な人がいれば、私は幸福になれない。」と言った宮沢賢治の言葉と通じるところがあると思います。
片や殺処分あり、無法地帯に置かれた実験動物あり、売買のために繁殖させられる犬猫あり、原発退避地区の動物は見殺し・・・の日本です。
残念なことですが、心ある人々の 「こころ」が癒されることはありません。

しかし、人の努力:国家の姿勢で変えられることです。
日本も欧米というお手本を見習って、早く動物先進国の仲間入できるように、あきらめずに歩んでいかねばと思います。
けれども・・国民が望まなければ変わりません。
求められているのは、心ある人々の力の結集だと思います。

マルコ・ブルーノさんの言葉をそのまま掲載します。

Photo_2     マルコ・ブルーノ著:日本とぜんぜん違うオーストリアのお話

マルコ・ブルーノ : ことばあつめ
その3 保護した数を言わないのは何故か

里親にだした犬や猫の数は、あえて、公表しないことにしました。それにはふたつの理由があります。ひとつはボランティア活動は数を自慢するような活動ではないと私は考えています。
もうひとつの理由は、私の力不足によって救えなかった犬や猫の数を考えると、こころが痛むからです。(動物愛護支援の会 1998年度活動報告書から)

自分が助けることが出来なかった犬や猫、そして殺処分されている犬や猫がいるのに、私は何頭、里子にだして助けましたなど、とても言えません

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2012年7月 6日 (金)

マルコ・ブルーノ : 言葉あつめ5 保護した犬猫の譲渡

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

【 マルコ・ブルーノ : 言葉あつめ5 】

猫の郵便の通常記事更新は休止中ですが、
マルコ・ブルーノさんの動物たちのための貴重な 「言葉」を紹介します。

マルコ・ブルーノさんから里親探しへの考えを伺い、その姿勢に共感しました。

             ペットはぼくの家族 マルコ・ブルーノ著作 ポプラ社
Bka_f2マルコ・ブルーノ : 言葉あつめ その5
保護した犬や猫の譲渡

犬や猫を保護する時は最期まで自分が面倒をみるという覚悟で保護します。
不幸な境遇にあったから、保護したんです。
それをまた不幸にする訳にはいきません。
まあ、いい人がいたら、貰ってもらえば良いかな。という感じです。

私は何頭助けたと数を自慢する人が多いけれど、数を競って、一度助けたものを不幸にしてはいけないです。
二度、不幸にすることになります。
里親に住所・名前を書いてもらって誓約書をもらったから大丈夫という人がいますが、本当の住所・名前かどうかも分からないし、「誓約書」には法的な力は何もありません。

マルコさんは犬や猫の里親希望者には自宅に来てもらい、世話の仕方や病気になったらどうするか、詳しく説明します。それでも、未だ渡しません。
希望者の自宅を家庭訪問し状況を確認して、条件に合えば譲ります。
後日、家庭訪問をして、変なところがあれば連れて帰ります。

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2012年6月 6日 (水)

マルコ・ブルーノ:ことば集め4 EUという手本

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マルコ・ブルーノさんの動物たちのための 「言葉」 を紹介しています。

6月5日記事 【マルコ・ブルーノ : ことば集め3 】で 「言葉の定義が必要だ。」というマルコさんの言葉を紹介しました。この記事に続く内容です。

【マルコ・ブルーノ : ことば集め4 EUという手本 】

マルコさんの出身地・欧州では、法や学問の冒頭には、先ず言葉の定義があるのだそうです。定義がある欧州の動物法と日本の動愛法を読み比べてみました。

動物の愛護及び管理に関する法律(日本)
(目的)
第1条 この法律は、動物虐待の防止、動物の適正な取り扱いその他動物の保護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理にかんする事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止することを目的とする。

この第1条の前段ではナンカ良い事を言っているようですが、後半を読むと、目的は動物が人に危害を加えないよう管理しよう、と言う事だったと分かります。
人間のための法律だったのです。
法律の名前には 「動物の愛護」 と入っていますが、実はそれは名ばかりでした。
後ろから一撃やられたカンジ・・・
ペットショップの営業時間制限だ・取扱業者は登録制だ。と変わっても・・・
この(目的)=土台がこのままでは

「いくら看板を新しいペンキで塗り替えても、中身はおなじです:人間主役の動物法律。(マルコ・ブルーノ)」 じゃないでしょうか。ガクッときます。

EU実験動物福祉法(2010年9月改正)
(1)略
(2)動物福祉はEUの価値であり、EU機構条約条項13で約束されていることがらである。

この一文を読んで感動しました。動物福祉を国家の価値とする。
何という気高さでしょうか。美しさに目を洗われるような心持ちがしました。
言葉も分かりやすいです。

マルコ・ブルーノさんは、
上手くいっている欧州という手本があるのに、何故、見習わないのだろうか? と言います。
確かに日本は、明治以来、欧米の学問・技術を模倣・取り込んで発展してきました。

動愛法の改正には次の機会もあります。
日本の動物法もこのEUの精神を見習って作ってもらいたいです。
欧米に見習う事がお金になる事だけ・・では寂しすぎます。(鉄腕ウンガ)

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2012年6月 5日 (火)

マルコ・ブルーノ : ことばあつめ3 言葉の定義を!

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

猫の郵便の通常記事更新は休止中ですが、
マルコ・ブルーノさんの動物たちのための貴重な 「言葉」 を紹介しています。

【マルコ・ブルーノ : ことば集め3 言葉の定義を!】

Top                      マルコの東方犬聞録

マルコ・ブルーノ : ことば集め
その3 言葉の定義を!

この春のある日、マルコ・ブルーノさんは「動物愛護法の勉強会」を主催している国会議員に会いました。
そして、その議員にマルコさんは問いました。
「先生、動物愛護法に『みだりに』動物を傷つけてはいけない。とありますが『みだりに』とはどういう意味でしょうか?」
議員は 「あの、それは、その~」 と答えられず絶句

マルコさんは句を継いで 「じゃあ、先生 『みだりに』じゃなくて、『みだらに』なら分かりますよね。」と。
マルコさんの追撃を喰った議員はもごもごと顔を赤くしてますます下を向いてしまったそうです。

言葉を、習慣で分かったような気になって使っていても、いざ 「意味は?」 となったら、分からなかった。こういう経験は私たちにもあることです。
でも、法律を作る人がこれでは困ります。

マルコさんは議員に衝撃の質問をすることで、動愛法が曖昧模糊とした説明できない言葉で成り立っていることを、インパクトをもって議員に実感させたんですね。

マルコ・ブルーノさんは言います。
「議員は勉強会とか言っても何も勉強してませんね。」
「日本の法律には言葉の定義がありません。
訳のわからない、どうにでも解釈できる言葉で出来ています

だから、何の役にも立っていません。
言葉の定義をしないから、悪徳業者や虐待犯を取り締まることもできません。

欧州や米国では、法律や学問の先ず初めに言葉の定義があります。
言葉の定義が必要です。」

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2012年5月13日 (日)

マルコ・ブルーノ : 言葉あつめ2 繁殖の制限を!

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

【 マルコ・ブルーノ:言葉あつめ その2 】

猫の郵便シャボットの通常記事更新は休止中です。しかし、マルコ・ブルーノさんの 「言葉」 を紹介をさせていただこうと思い立ったのには理由がありました。

今まで、猫の保護活動をする中でさまざまな動物愛護の活動をする人と出会い、いろいろな出来事がありました。これは、そのほんの一部の事です。動物愛護活動をしているから良い人とは限りませんでした。

会合で何回か会っていた方に、重要な会合の配布資料をFAXで送って頂けないか、とお願いをしましたら、「廃棄しましたので、ありません。」と言う答えが返ってきました。
えぇえーーーーーーー? あんな大事なもの破棄しちゃうの?(ひとり言)
私はキツネにつままれたようにポカンとしてしまいました。その会合を熱心に取材なさっていた姿は何だったのかと。
しかし、すぐに気付きました。相手は国会議員やマスコミ有名人が名を連ねている団体の主宰者です。無名の猫の餌やりさんである私に手間暇かけても彼女には何のメリットもないのだと。
人の身分を見て態度を変えるのは世の常・人の常、驚くには値しないのかもしれません。皆で力を合せ、情報の共有・人々へ啓蒙をしようなんて、私のだだの夢・妄想だったようです。

また、ある方からは酷暑の猫活動へのいたわりの電話を頂き、「さすが先輩、優しい心配り」と思いながら話をしていると、ただ私から情報を引き出したいだけの電話と判明。など他にも書ききれないほど、いっぱいあります
お金のために名声が欲しい人。手元の活動が面白くなり目的を忘れた人。
数人の信頼できる活動者ともめぐり会いましたが、人生の列車に乗り合せているのは打算と欲望?という実にさまざまな殺風景な風景を経験してきました。げっそりです。

そんな中、マルコ・ブルーノさんに会った時、マルコさんはご自身が有名人なのに、皆に気さくに話かけ、水平な人間関係というのでしょうか、ていねいに相手と向き合って話をする方であることに驚きました。世の中にはこういう方もいた、と言う驚きです。
マルコさんは動物を護るという視点に立ち、相手が有名であろうが、無名であろうが、分け隔てなく、温かく接して下さる方です。
そして、タコ官僚・タコ政治家と実のない愛護活動家も含めて手厳しく意見を言う方でもあります。

そして、日本の動物のために何をすべきか、何が必要か、その考えは一貫しています。
出身地・ヨーロッパの目をもって日本の動物事情を見つめるマルコ・ブルーノさんから伺った貴重な話の数々をひとり占めにしてしるのはもったいないので、ぜひ多くの方々にお知らせしたいと思います。

Help1

マルコ・ブルーノ言葉あつめ
その2 元を閉める~ブリーダー・繁殖の制限を!

日本には法の規制がないので、業者が犬や猫をどんどん産ませ、無責任に販売されています。
人々は簡単に動物を手に入れ、飽きたら捨てたり、殺処分センターに持ち込んだりしています。

ヨーロッパには、犬・猫の繁殖をするブリーダーには、医師や獣医師同様の厳しい資格試験があります。
試験に通っても、たった一度でも違反すれば資格は取り消されてしまいます。

もし、一般の人が犬や猫を産ませても販売することはできません。
人々が犬や猫を手に入れることは簡単ではありません。
シェルターから犬・猫を譲り受けるにも、厳しい条件があります。
ですから、人々は家族として迎えた犬や猫を大切にします。

無責任な繁殖を減らすには? 厳しい資格試験を!法律を変え元を閉めなきぇダメなのです。
リンクを貼りました。ぜひ、マルコ・ブルーノさんの意見をご覧ください。(鉄腕ウンガ)

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2012年5月10日 (木)

マルコ・ブルーノ :言葉あつめ1 殺処分が無くならないのは?

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

【 マルコ・ブルーノ:言葉あつめ その1 】

猫の郵便の通常記事更新の休止はすでにお知らせしました
全休にする考えもありましが、毎日100人以上の方が訪問してくださっていましたし、協力や支援してくれている人たちに忘れられないためにも、つたないですがチョコチョコ情報発信を続けたいと思います。
責任筆者のように、論旨・文脈・構成編集、うまくいかないと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。

以前からマルコ・ブルーノさんから掲載許可をいただいていました 目からウロコの素晴らしい 「言葉 」の数々 を紹介してゆきます。

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マルコ・ブルーノさんは自分が書いたり、話したりしたことを、
「フィクションではありません。全部、自分が体験したことです。」 と仰っています。
実際にたくさんの犬や猫の保護してきた、まさに実体験からの「言葉」です。

マルコ・ブルーノ言葉あつめ
その1 何故、殺処分が無くならないのか?

「殺処分をなくす」 そうは言っても、元を閉めなきゃ駄目です。
いっしょうけんめい保護しても、ブリーダーやペット業者がどんどん生ませている。
元を閉めなきゃ、駄目です。業者を規制しなければいけない。
そのために法律 (動物愛護法) を変えなければいけません。
法律の厳しい規制が必要です。

殺処分をなくすには? 法律を変え元を閉めなきゃダメ、ということですね。

マルコさんは日本の保護活動を「
底のないバケツで水を運ぼうとするような活動と例えています。
リンクを貼りました。「動物先進国への道」 (マルコ・ブルーノ主宰 動物愛護支援の会HPより)
責任筆者 J は、マルコさんの文章について「文・言葉の展開がとても美しい」 といつも絶賛していますが、ぜひマルコ・ブルーノさんの言葉に触れてください。(鉄腕ウンガ)

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2012年1月14日 (土)

+∞マルコ・ブルーノ見聞録 ~ボランティア∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。sunmoon2  3℃~8℃

Mb3           + 第 四 、 第 五 ・ ・ 感 覚 の 持 ち ぬ 主 

マルコ・ブルーノ見聞録 ボランティアという言葉shineshadowshineshadowshine

Jpg自分がやっているこの活動をこの世界では略して“猫ボラ”と呼んでいる。

“ボラ”は、ボランティアを短縮して「ボラ」、捨て猫救済のボランティア活動、猫助けのボランティア活動、まあそんなところかな。でも、これまでに実は自分の活動を身体的にも言葉的にも「ボランティア」と思ったことがない。その自負も持っていない。自己申告では自分の活動のことは“社会活動(ソーシャル・アクティビティ)”だと認識している。

それは、この国で広く流布され当たり前に使われている“ボランティア”という言葉に、大なり小なりの違和感があったからだ。なじみが悪かった。なじめなかった。なじまなかった。この国では、何故か知らないけれど言葉の定義を曖昧ファジーにぼかす癖みたいなものがあって、最初の意味が無限大に弱まり捻じ曲がり拡散してゆき、広く行き渡った頃には皆がめいめい勝手な意味づけで使っている場合が多く、元の意味が失われていることが良くある。

Mas3

ふり返ってみると、・・・「猫ボラ」とか「ボランティア」と口をついて出るようになったのは、同じような活動をしている人たちと出会ったり、ブログを初めてからの頃。自分だけの固有の言葉や認識では共通言語性を持てないから、やむなくそうしていた。だが、胸の内の“違和感”が解消した訳ではない。
ある種の人たちは、「ボランティア」と聞けば「タダで何でもやる人/殴られても石ころをぶつけられてもじっと耐える無垢であるべき存在」と限定し究極の曲解をしている。
匙を投げるような場面も少なからず経験して来た。

しかし、そんな中、人伝にマルコ・ブルーノさんが「ボランティア」と言う言葉をあまり好んでいないと聞き、にんまりしてしまった自分がいる。マルコ・ブルーノさんの説に頼れば、「ボランティア」なる言葉はローマ時代の“戦争”を語源としているそうだ。
血生臭い“戦争”を源とし、為政者のために如何なる奉仕をもいとわず、戦場に赴く、赴かせる。マルコ・ブルーノさんは、「ボランティア」という言葉は戦争のイメージが付きまとうから「好きではない」とバッサリ!

・・・活動に限らず、生きてゆく上でどんな言葉をチョイスし、ゆく手を照らす照明にしてゆくのか、そして他者(動物も含む)と接してゆくのかについては、日頃から大変に重要なことだと思っている。だから、言葉の定義をファジーにぼかした座標ベクトル頼みに、互いに分かり合えたように思えるのは、一時(いっとき)の止まり木、打算、錯覚。
錯覚は錯覚でしかなく、やがてそのコミュニケーションはディス・コミュニケーションの屍と変わり果てる。・・・
数々の諍いを見て来た。

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言葉を選ぶ。言葉を捨てる。それは生き方。どんな生き方をするのか。
そして、言葉にどんな色や温度を持たせるのかは、その人の生き方をクリアーに逆照射し映し出す鏡。 だから、言葉に対する敏感さは非常に大切な感性の作業なのです。・・・さすが、我が尊敬するマルコ・ブルーノさん。ん・・・偉い。

しかし、当面しばらくの間は、「“猫ボラ”という言葉は使わざるを得ないのだろうな」と思っている。だけど、「猫の郵便」は活動で、猫や犬の食べ物を「エサ」と言うのはとっくの昔にやめている。死語である。

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Walkingjpg      + G O O D  L U C K !  皆 こ う で あ っ た な ら 

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2011年11月23日 (水)

+∞マルコ・ブルーノ見聞録~川崎・猫虐殺事件スケッチ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。sun  9℃~15℃

Mrmarcob40           +  M r . M A R C O  B R U N O  +

マルコ・ブルーノ見聞録 川崎仔猫虐殺事件スケッチshinemailshine

Candle20マルコ・ブルーノさんから川崎の仔猫虐殺事件についての意見を述べたメールを頂きました。随所に目を見張る“見識”が散りばめられているので、事件に照らしご一読ください。

マルコ・ブルーノさんの里親探しの方法は、里親希望の人の家を必ず訪問し、家の中まで入れてもらい、その人となりや家族構成や部屋の間取りなどを厳重にチェックします。間違いが起こり得ない理由が“ここ”にあります。

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マルコブルーノさんからのメール

猫虐待の件、またかと思いました。犯人を磔獄門(はりつけ・ごくもん)にしたいですね。

以前、足立区にもこのような問題がありました。里親のふりをし、渡された猫たちを三味線屋に売り飛ばした爺さんがいたと思うと、面白半分で虐待していた男もいました。
私は昔から里親になりたい人の検査を厳しくやっていましたから、このような被害は一度もありませんでしたが、早く手放すために軽い気持ちであげてしまうボランテイアの話を聞きますと、あげた後で消えてしまった猫が大変多いようです。

頂きましたメールにあったHP(栃木動物緊急避難所)にも書いてありましたように、現在の動物愛護法では、動物虐待は重い罪にはなりません。へたをすると、器物破損だけで終わってしまいます。

昔から私はそれについて大声を上げていたにもかかわらず、日本の動物愛護団体の代表たちが結束しないから、なかなか先へ進むことができません。お互いの悪口や非難話をする暇はあるようで、肝心な話になりますと急に皆が黙ってしまいます。早い話、何も勉強していないから、具体的な話にはついていけなくなるからです。

たくさんの動物がこのような悲劇に巻き込まれている原因は、霞ヶ関の馬鹿官僚と永田町のタコ政治家たちだけのせいではありません。感情的や非現実的に騒いでいる動物愛護団体の代表たちのせいでもあります。            マルコ・ブルーノ

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2011年11月12日 (土)

+∞マルコ・ブルーノ見聞録~目からウロコ「愛護法への提言」∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。cloudsun13℃~20℃

Jpg    +  復 習 「 ・ ・ ・ 死 ぬ ま で 愛 さ れ る っ て い い で す ね 」 

愛護法パブ・コメ意見提出へのヒント マルコブルーノbellshinebell

40動物愛護法改正をめぐり、環境省の第2回のパブリックコメント募集が始まりました。

マルコ・ブルーノさんからの目からウロコの鋭い指摘です。

動物愛護管理法では、愛護動物の遺棄・虐待には罰金が一応謳ってあります。

この罰金制度は、現行「50万円以下」「100万円以下」 と定められています。

金額は罪の大きさを表わしますので、この金額が大きくなれば「遺棄や虐待の何らかの抑止力やストッパー」になるのではないかと、捨てられ過酷な環境で生きる外猫たちと毎日接している中で、繰り返しヾ思って来ました。

皆さん、記事3行目をよーく見て下さい。・・・「50万円以下」「100万円以下」とありますね。実は、この「・・・以下」と言うのが法の仕掛けの曲者(くせもの)であり、落とし穴なのです。

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現行法上「以下」ということは、法律的には1万円から〇〇万円という事を意味します。幾ら罰金の上限を高くしても「以下」では意味がありません。なぜなら、「以下」では下限の金額「1万円」に罪の重さが引き付り下されてしまうからです。罰金の金額が諸外国に照らして遜色がないものであっても。力ない法律に終わってしまうのです。

罰金は「〇〇円以上〇〇円以下」でなければ意味がありません。例えれば、「100万以上150万円以下」というようになります。罪を犯した人間への罪の重さの自覚を促す意味でも、社会心理学的な影響力においても「法」は有効性を持って機能しなければ何の意味もありません。

例え、実際に虐待行為が立件される事が少なくても、抑止力として有効にするために「罪の大きさ」を法の上に明確に記す必要があるのです。

これは、すべてマルコ・ブルーノさんからの提言です。

皆さん、今回第2回目のパブリックコメントへの意見提出の際には、罰金は「以上~以下」にするよう、是非書き添えて下さい。
罰金は「以下」ではなく、「〇〇円以上 〇〇円以下」です。(文責・鉄腕ウンガ)

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2_2               ~ よ ろ し く お 願 い し ま す 

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