純情仔猫物語

2012年12月 9日 (日)

純情仔猫物語 KAZUさんの月命日に想う

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今日9日は純情仔猫物語 KAZUさんの月命日です。

人の、猫の、生涯に 保護活動にも 〇〇ならば とか 〇〇だったら ということはありません。

しかし、ここのところ毎日のように想うことがあります。

それは純情仔猫物語のKAZUさんが病気ならないで生きていてくれたらなあ。
ということです。

もしも、KAZUさんが生きていてくれたら、福島に取り残された犬猫たちのために身を乗り出してくれたろう。と
かわいそうな動物・困っている人を見て、放っておける人ではなかった。と思います。

もしも、KAZUさんが生きていてくれたら、福島警戒地区保護活動支援にもっと大きなうねりが出来ていたのではないか、と思います。

忙しすぎて充分には見ていませんが、ブログランキングを見ると “福島警戒地区の犬猫を助けよう” と書くブログは見当たりません。
KAZUさんが生きていてくれたら、寒々しいこの景色は変わっていたでしょう。

たくさんのブロガーが、たくさんの人が、福島に取り残された犬猫たちへ、保護活動をする犬猫救済の輪やボランティアさん達へ応援の光を灯してほしい。

例え同じ情報があっちのブログにもこっちのブログにもあってもいいじゃないですか!
クリスマスのオーナメントのように  光のイルミネーションのように

KAZUさーん! そう思いますよね・・・ だって非常事態ですから。(鉄腕ウンガ)

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2012年8月 9日 (木)

純情仔猫物語 Kazuさん一周忌の月

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

猫の郵便シャボットの通常記事更新は休止中ですが、
猫の保護活動を応援してくれる人のため、また猫の保護活動を多くの人に知ってもらうため活動報告をしています。

bell 今日、8月9日は 「純情仔猫物語 Kazuさん」が亡くなって12番目の月、一周忌です。

pen ブログ・猫の郵便シャボットの責任筆者の J は毎月のこの日にKazuさんへの記事を掲載してきました。
本来であれば、今ごろは責任筆者 J の代打:鉄腕ウンガから J に筆者が戻っている予定でした。

cat しかし、6月16日は遺棄された赤ちゃん猫 「キティちゃん」を保護し、当初は2時間毎の哺乳をしての世話があり、6月24日にはロロタンの遺体収容をし、翌日見送りがあり、
7月25日は地域猫 「ギンガーくん」の緊急保護をして一日に数度の強制給餌をし、そして8月6日ギンガーくんの死去、見送りがありました。

これらは通常の保護活動に加えての出来事ですので、J は多忙を極め、未だブログ編集に戻る状況にありません。
今月のKazuさんへの記事も鉄腕ウンガが J から聞き書きしての掲載になるかと思います。
J の記事を待っている皆様、もう少しお待ち下さい。(鉄腕ウンガ)

                  黄色が好きだったKazuさんへ
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2012年7月 9日 (月)

純情仔猫物語 KAZUさん11番目の月

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

猫の郵便シャボットの通常記事更新は休止中です。

2012年7月9日、あれから11番目の月、東の空にハーフムーン。
純情仔猫物語のKAZUさんの月命日でした

去年の夏のはじまり、KAZUさんの胸にはどんな思いが去来していたのかな。

その一ヶ月後にKAZUさんのすべての物語が終わりを告げようとは

KAZUさんの死から学んだことは一般論ではなく命には必ず終わりがあるということ。

動物愛護活動をする者どおしとして身につまされ、胸に迫りくるものがありました。深く深く。

2012年7月9日夜。友達から教えてもらい香料酒を作りました。
リカー酒にシナモン、ローリエ、粒黒胡椒、クローブス、そして氷砂糖。

丁度、一ヵ月後にはヴィンテージを迎えるでしょう。

どんな味わいになっているのかな。

その時、ぼくはどんなことを思っているのかな。

未来は誰にもわからない。

だからKAZUさんが奈月さんを見守ったように、たいせつに、たいせつに生きなければいけない。
そんな思いで見つめた7月9日の朧月でした。

                        (電話で聞き書きしました。 J 君談。 )

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2012年6月 9日 (土)

梅雨の月/真贋を見抜く力

猫の郵便のことははじめにを 福島光を

猫の郵便シャボットの通常記事更新は休止中です。
今日は 「純情仔猫物語のKazuさん」
の月命日です。

猫の郵便シャボットの責任筆者 J は、毎月のこの日に必ずKazuさんへの記事を掲載してきました。
なぜ、 J  はKazuさん記事を継続してきたか?

それは J が 「真贋を見抜く目を持つ人間」 だから。だと思います。

J に初めて会った時、こう聞かれました。

「マルコ・ブルーノさんって、知ってる?」

J は初めて会う人には必ず聞いたのだそうです。その間、十数年。しつこいです。

J にとって、マルコ・ブルーノさんから受けた感動は、十数年経っても変わることがありませんでした。
そして、マルコ・ブルーノさんからがっかりさせられるような、J が気持ちを裏切られるようなことは全くありませんでした。感銘は深まるばかりです。

J の真贋を見抜く力は確かなものです。

J にとって、Kazuさんも 「真」。
J による
記事更新が再開したら、Kazuさんの月命日の記事もまた継続されるとことと思います。

人は忘れやすい生き物だから・・・

今日から梅雨に入り、霧のような雨で景色は霞んでいます。
毎月のこの日、見えていた月が今日は見えません。
外の猫たちにとって、たいへんな季節がやってきました。
(鉄腕ウンガ)

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7978              今日は見えません 都会・新橋の月 

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2012年5月 9日 (水)

月最接近 ~9番目の月

猫の郵便のことははじめに 福島の牛に光を

【 “       ” ~ 元祖純情仔猫物語の日 】

本当ならばここは「猫の郵便」 責任筆者が書く予定でしたが、お知らせした通りです。

しかし、「5月9日はどおしても素通りできない」 と。
だから、責任筆者J の伝言通りに伝えます。

今月の満月は確か5日か6日でした。
その夜、J が V(ビデオ)で、ジュリア・ロバーツ主演 「愛の選択」 を見ていた時、ふとしたひょうしに画面から目をはずし窓を見たら、空に大きな月が浮かんでいたそうです。
見ていた映画が、白血病患者の苦悩を見守る物語だったらしく、画面に映る白血病患者の苦しい心の流れと“窓の月” のコントラストにKAZUさんの苦しみを重ね合わせ感じるものがあったと、J は話していました。

これも J の話からですが、
「あの日、見た月は普段の満月よりも14%も大きかった。それは月が楕円軌道を描いているためで、月が地球に最接近する日がちょうど満月になる日と重なった。」そうです。

何故、その日にその映画を選んで見たのかも謎だそうで、映画を見ている時間に窓に月がかかるのも想定していなかったらしく、しかも、いつもより大きなゴールドの満月が空に、「KAZU さんのミステリアスなパワーかな?」と、J は言っていました。
                                                           
(鉄腕ウンガ

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          2012年5月6日最接近の月 東京湾にかかる

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2012年4月 9日 (月)

+∞ 4月9日の桜 ∞+

猫の郵便のことははじめにを 福島光を suncloud 8℃~23℃

Jpg                                        + 増 上 寺 桜 ふ る +

4月9日の桜 KAZUさん8回目の月命日にshinecherryblossomshinecherryblossomshinecherryblossomshine

Think_angel60桜。今年の開花は遅く、いつ咲きはじめたのか記憶にない。何気なく上を見上げたら、いつの間にか淡いピンクや白い花びらの空いっぱいの羽ばたき。増上寺、細道頭上に桜が続いていた。
桜。命あるものには必ず終りが来る。4月9日、桜の花は早くもちらほらと花びらを路面に僅かばかり・・・もう落としはじめていた。
春にして哀れ、季節のはじまりにして“ものの儚さ”を目にしみ込ませて新たなるスタートを切る。哲学的と言えば哲学的、美しいと言えば深みのある美しさ。
桜咲く、早春の光と陰の短編物語、音もなく心に刻む美しい眺め。
「純情仔猫物語」のKAZUさんは、去年の春、どんな気持で桜の光景を眺め感じていたのだろう。

まさか、最後の桜の見納めになるとは。・・・でも、去年はあの大震災があり、誰にとっても心穏やかに桜をめでる心の余裕はなかったかもしれない。
もし、あれが最後の見納めになると知っていたなら。もし、あれが最後の別れになると知っていたなら。
再び元に戻ることのない時の流れが、いまも濁流のように押し寄せては過ぎ去ってゆく。
それが生きるということ。それが命が終わるということ。
命の景色は、風に吹かれ桜舞い散る景色のように美しくも残酷である。

Mas3

先月9日のブログでも述べたように。純情のKAZUさんは、白血病の宣告から日を待たずして「あっ」という間に逝ってしまった。余命を数える猶予も与えられなかった。
エリザベス・キューブラー・ロスって知っていますか?
名著『死ぬ瞬間』を遺した、専門が精神科医のエリザベス・キューブラー・ロス(1926.7.8~2004.8.24)です。彼女はこの著書の中で、例えば人が余命を宣告された時にいかにして“死”を受け入れてゆくのか、そのプロセスを表わしました。
KAZUさんの訃報を聞いた時から、心の中にいつしかキューブラー・ロスの「死を受け入れてゆくプロセス」が記憶の水底から浮び上がって来たのです。

< 死を受け入れてゆくプロセス > エリザベス・キューブラー・ロス

否認の段階: (自分が死ぬということへの拒絶や否定、信じたくない)
怒りの段階: (自分が死んでゆくことへの怒りや恐怖を周囲の者に向ける)
取引の段階: (死を回避するよう試みる段階、何かにすがろうとする心理状態)
抑うつの段階: (厭世的になり、気力が沸かなくなり、何もできなくなる)の段階
受容の段階: (自分が死にゆくことを受け入れはじめる)

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否認から受容のステップにはどれくらいの時間を要するのかは個人差さまざまだろうけれど、1から5までトントントンと進むものではなく、段階を行ったり戻ったりするものらしいです。段階途中で“命の時間”が来てしまい受容まで行き着かずに幕切れになることもあり、誰もがフルコースのゴールにたどり着くのではないけれど、KAZUさんはプロセスを踏む瞬間すらも与えられなかった。本当に人生とはむごいものだと今更ながらに痛感します。

しかし、エリザベス・キューブラー・ロスの「死を受け入れてゆくプロセス」を頭の中で落ち着いて反芻してみると、このメッセージの中にはロシアの人形・マトリョーシカのような秘密が隠されている気がします。つまり、そこには遺される者の問題も含まれているということです。
遺される者/寄り添う者は、近親者や友人・身近に長年共に暮した動物の死をどう受け入れて生きてゆくのかを。
死は、死んでゆく者だけの問題ではなく。
目の前を散る桜の景色の眺めさえもどう受け入れて心にたたみ生きてゆくのかが、先々の美醜を決める「何かを語りかけている」と、そう感じた4月9日の夜桜の下。
                            shine R.I.P,KAZUさん先生! cherryblossom

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50_jpg                      + 元 に 戻 る こ と の な い 時 の 流 れ +

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2012年3月 9日 (金)

+∞ 雨の中のキャンドル ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。rain 8℃~11℃

Thais_meditation1                         + タ イ ス の 瞑 想 曲  や す ら か に 

心は雨の中のキャンドルshinerainshinerainshinerainshineshinerainshinerainshinerainshineshineshine

Candle20一日中の雨降り。灰色の空。灰色の町。一回の外回りで頭のてっぺんからつま先まで全身水びたし。それを一日に四セット。
雨が連綿と切れ目なく降り続くと、心身両面から圧がかかる。
忙しさがそれの引っかき棒になり、ましてや、普段の活動以外の要素が加味されると、もう天地無用の慌しさ。
一日経って、ようやくPC前にたどり着いた。落ち着いたとまでは言いきれないが、途中で中座していたコラム記事の手直し。だから、一日遅れのブログ更新。

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3月9日は6日に亡くなったタイムくんの見送りの日だった。江戸川区外れの動物供養斎場からの旅立ち。4日に亡くなった麻布十番の地域猫・ニコも同じところからの旅立ちだった。
そして、3月9日は奇遇なことに去年の夏に亡くなった「純情仔猫物語」のKAZUさんの月命日にも当たる。「よかったね、タイムくん!」と思った。これで、何年経ってもタイムくんの旅立ちの日は何も見なくても心でずうっと忘れないで覚えていられる。
「あれは、KAZUさんの月命日と重なった日だった。ルナー・エクリプスだ!」ってね。

タイムくん、本当のこと、言っちゃおうか。あの日、あの時、あの瞬間、昏睡状態の君を胸に抱きながら、ぼくは君の名前をしばらくの間忘却してしまって、口から出て来なかった。
Liam君や鉄腕ウンガさんに電話した時、「タ タ タ タ・ ・ ・ ア ア ア・ ・ ・」「Ba Ba Ba Ba・ ・ ・ Th Oh Oh Uh Ah・ ・ ・」って。タイムくんの名前が言えなくて、「バラタマタンのお姉さん、妹・ ・ ・」と、電話の向こうからタイムくんの名前を教えてもらったっけ。気が動転し昏迷し、頭の中が真っ白になっちゃった。
目の前で起きていることが、何が何だか分からなくて。余りにも突発的すぎて、わずか5分間の時間変化についてゆくのが精一杯、恐かった。恐ろしさが鷲の羽根のように覆い被さっているような気がしていた。

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亡くなったタイムくんの亡骸を抱きすくめながら、約一時間。色んなことがRound&Round・・・走馬灯のように頭の中にめぐり来ては過ぎ去っていったっけ。
人間と猫のことを一緒にしたら怒る人がいるかもしれないけれど・・・。
去年の夏、夏の真っ盛り、KAZUさんの急逝の時も、「KAZUさんが白血病に倒れる」とブログで知らされてから、“あっ”と驚いている間も与えられずに、KAZUさんは高速のスピードで一気に階段を駆け上がるように逝ってしまった・・・、それだから、一番傍で見守っていたミッキー部長の胸の内は大変なんてものではなかっただろうと、察するにあまりあり、痛々しく、胸つまるさざ波が時空を超え押し寄せ、この時にも記憶の海馬の足元を濡らすようだった。
生と死。その間に横たわる深く見えない沈黙の河。
・・・対岸の水辺に足をつけ。
死者と遺された者を容赦なく分け隔てる深い闇、さもなくば「行き来不能の“Anything”の分厚い壁の前で」と言ったら良いだろうか、遺された者たちは皆、言葉を失う。
何度、人を見送っても、何度、猫たちを見送っても、この闇に慣れ親しむことはない。

昨日まで息吹きあった命が・・・、さっきまで動いていた命が・・・、ある瞬間を境に固化し微動だにしなくなり、永遠に存在そのものが消えてなくなる。
これがどうにも分からないのだ。このからくりがどうにも。
「死」に、言葉やイメージをあてがい「ああだ、こうだ」納得しようとしても、結局、ぼくには「死」というものがどうにも分かりがたい。死がどういうものか、てんで分からないのだ。
見送りの午前、死せるタイムくんを棺に寝かせ花入れながら馳せた思いは、「もう、あんな目(厳寒の外猫生活)に遭わなくていいんだ。もう、病気や生きる苦しみは受けなくていいんだよ!」と無言で目の指でいたわるしかなかった。
寒くもなく、暑くもなく、痛みも悲しみもない、何もない世界へ。

あの世(天空)は「どんなだろうな?」と考えても詮無く。生きながら“あの世”を体験できる訳でもなし。
たった3日で化石と変わり果てた鳴かないタイムくんを眼前に・・・
雨にけむる灰色の町と花切る水の冷たさが、万物は流転する(Nothing lasts forever)と教えてくれていた。

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燃え続けたロウソクは夜になって、白い皿の上でひときわ短くなり、最後の大きな揺らめきのそのあと、わずかばかりの蝋の残留をとどめ、完全に消えていった。

( Meditation from Thais,Massenet : Violin Valentin Stefanov )

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Thyme2                                  + . . P   タ イ ム く ん 

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2012年2月 9日 (木)

+∞シャバを照らす光の弓矢~KAZUさんへ∞+

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Sunup_at_the_bay             + シ ャ バ を て ら す 光 の 弓 矢 

【“純情仔猫ミッキー部長だけが読めば好い㌻shinebellshinebellshineshineshine

The_moon_turns_round60jpg「思い出すとつらくなることは考えないことにしている」と或る人が言った。

「亡くなった人を余りにも思い慕い追いかけると、成仏の妨げになる」と折々人の口から伝え聞く。

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2月8日、夜更けて満月。満月は日をまたぎ、生まれたての9日の夜空に悠然と佇み、照り映えていた。麻布某町教会の屋根の上で。高速道路のオレンジ色の街燈の上高く。時にガラス張りのピカピカに光る高層ビルを姿見に見立てて。
2月9日は、月よりの人“「純情仔猫物語」のKAZUさん”の6回目の月命日だった。

えっ、「しつこい奴だな!」だって? はい、そうなんです。しつこい性分は生まれ持った付属備品、着脱不能の我が運命(さだめ)。一ヶ月に一度、「死」を見つめ自分なりにさまざまな角度から考えてみるのは、KAZUさん大先生が与えてくれた大っきなプレゼントだと思っている。折角の“贈り物”、突き返すのは道に外れる。このまま行く。
一ヶ月に一度、きちんと「死」を考えてみる、・・・それはコインの裏表「生きること」を見つめることでもある。
だから、KAZUさんへの追悼オマージュ記事は、まだしばらくの間、続けてゆく。

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「亡くなった人を悲しみの余り慕い追いかけると、成仏の妨げになる」と、さまざまな生活空間の中で耳にするけれど。・・・キリスト教価値観世界で育って来たぼくには、「成仏」という概念や輪郭がよく分からず、道に通じている人に聞いたり調べたりしても、しどろもどろでつかみ所がなく・・・分かったような・・・分からないような・・・。
極楽、浄土、成仏・・・。ウィキペディアによると、「極楽」は「幸福のあるところ/幸福に満ち満ちているところ」。「浄土」とは「清浄で清涼な世界、すなわち“仏の国”を指す」とある。そして、「成仏」とは「・・・悟りをひらいて仏陀になる」と“字”だけは読めた。
しかし、ちんぷんかんぷん。分からないと言うよりは自分が生きて来た身の回りと余りにも異次元が過ぎてリアルに感覚することができず、砂遊びの後の残骸を見る気分になった。

だが、「成仏」を調べている時、ページの並びに『日本文化のなかでの「成仏」』の覧を見つけ救いになった。それによれば、日本社会の日常生活の中でしばしば用いられている「成仏」という表現は『・・・「悟りをひらいて仏陀になる」ことではなく、死後に極楽あるいは天国といった安楽な世界に生まれ変わることを指し、「成仏ができない」ということは死後もその人の霊魂が現世をさ迷っていることを指す。 ~中略~ こうした概念は日本古来の死生観が仏教に入り込み出来上がった~』と。んー、日本の仏教は本来の仏教から変化・変形し固有の歴史を刻んで来たということか!

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KAZUさんが亡くなって、この間6ヵ月。詳しい人に色々「仏教の話」を聞いてみたが、ひょんな所から思わぬ木霊が返って来た。
港区寺町在住B氏曰く、「浄土真宗はね。死んじゃうと・・・ですね。何のアプローチの手間なく、真っ直ぐに極楽浄土に行くのですよ。分かった?」と、アレー!
キリスト教徒が言うのは何だが・・・、成仏する、しない、できない、できる、それがそんなに大事だろうか? 本来の仏教の教え「因果応報、生前の行いに従い“極楽”と“地獄”に行き先が分けられる」、このメッセージを「願望する“行き先”」に重心を乗せて汲み取るか、「生きて」いる「今」に体重を乗せて考えるか、原典の読み解きが肝心だと思うのだ。自分は、この仏教のメッセージを「今を正しく生きなさい」と捉えた。

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KAZUさん大先生は、自分だけ楽になる道なんて、はじめから考えにない人だ。
この考えに間違いはないだろう。彼女は、きっと、娘・奈月さんが運命を分ける岐路に立たされたその瞬きの瞬間から、奥歯を噛みしめ、稀なる道を胸に含み入れ、覚悟の人生だったと思う。自分だけの“楽”、つまり一般的“成仏”など、彼女に限って、たぶん端から眼中になかった。
死後の世界はタイムレス・ガーデン・・・。KAZUさんは、その丘で、その橋の麓で、銀河の渦しぶき上げ吹きぬけるプラットホームで、・・・いつまでも・・・いつまでも、・・・何十年経とうが、その人が来るのを待ち続ける。そして、その時が訪れた時、その人の手をとって「お帰りなさい」とお母さんらしい優しい声をかけ肩を抱き、長い旅路をやっと終えるのだと、未来推量する。・・・そうとしか思えない。
その時、音もなく空気がふるえ、透明な2羽の鳥が空いっぱいに羽ばたき飛び立ってゆく。そんな美しい光景が脳裏を横切った。

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Cherchjpg    + 夜 更 け て 9 日 0 時 ~ 未 明  満 月 の 月 が か か っ た 

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2012年1月 9日 (月)

+∞ そして、1月9日は満月になった ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。sunfullmoon 3℃~9℃

Jupitermoon40                   + 木 星 の 月 た ち 

冬寒空 そして1月9日は満月になったshinefullmoonshinefullmoonshinefullmoonshineshine

Jupiter_aurora_50_2去年の11月9日の記事には、“純情”のKAZUさんの月命日の記事を予定していた。
タイトルも内容も決めていた。しかし、その2日前の7日の午後に保護猫のハマーちゃんの容態が風雲急を告げ一気に駆け抜けて逝ってしまった。たかが猫の死であっても、亡くなるといつも見送りのさまざまな段取りや作業に日々を追われることになる。
心に決めていた“KAZUさんの記事”をその後書こう書こうとPC前に向っても、一日に2本の記事を仕上げるのはきつく、それに加えてKAZUさんについては生半可な気持では取り組めない緊張みたいなものが胸の中を支配し、リスペクトする気持が強ければ強いほど焦りに焦り、日々を空回りさせていた。

そして、12月9日。気を取り直してKAZUさんの月命日の記事は新たな内容の掘り起こしでどうにか書き上げたが、11月9日の記事を未だに保留にしているのは後悔の種になっている。文章は下手だし、気質が多情多感で複雑な成り立ちをしているために気持を一筋にまとめるのがなかなか難しく。
流してしまった時間は帰って来ない。そう痛切に感じている。
「ダメな奴!」と内心思うが、KAZUさんが身を削って書き上げ遺した“遺書“”とも言える名文『娘、奈月との歩み』を前にすれば、緊張で逡巡し口ごもるのも許して頂きたい。

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でも、反面裏腹にこういう気持も同時にある。「幸せだな」って。絶句するほど緊張してしまう対象がいるってことを・・・!
絶句するほど緊張する、・・・それは、つまり、敬意であり尊敬あればこその自然な振る舞い。否定ではなく、呪いではなく、恨みではなく、魂ゆさぶられるほどの尊敬を心の真ん中に秘めて生きてゆけるってことは・・・「何て幸福なんだ!」ってね。
憎しみや呪いの感情に向って歩んでゆくのではなく、慈しみ尊ぶ感情をエネルギー源にその引力に引き寄せられて生きてゆける。夜、外回りの活動の際、ふと空見上げるたびに、KAZUさんが好きだったという月見上げるたびに、折りにつけてそう実感している。

「幸せだな!」と、夜の空を仰ぎ見、思いっきり息を吸い込んで。寒空に“月”が1月9日のKAZUさんの月命日に向かって日増しに膨らんでゆくのを嬉しく感じていた。

そして、1月9日は満月になった。

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いつもの野原、いつもの時間、いつものコンクリート階段を背もたれにして寝転び、猫たちの食べ終り待ちの“月見天体観測”! じっと見つめていたら、見つめ返されているような気がし何だか恥ずかしさがこみ上げて来た。
月よりの使者“KAZUさん”は月に帰り、雪のような・・・星のような・・・花のような結晶体、“客観”になったのだ。

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(冒頭のイメージ画は、木星の衛星の“月”たち。上からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。夜の外回り活動の月見観測の時、木星の上にボートを浮かべて65個もあるという衛星たちの遊ぶ空を眺望したら、しびれるような光景だろうと思った。月よりも大きな衛星が視界にボンボンボンとめくるめく展開を見せつけ、・・・あれがマルコ・ブルーノさんの星、あれがKAZUさんの星、あれが宮沢賢治の星と次から次へ憧れの人や尊敬する人の名前を勝手にあてがい名付けてAll day long、終日(ひねもす)眺めている。

尊敬する人、心のど真ん中に置ける存在があるということは良いことだと、その夜、そう心にイメージしたのです。)

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View_jpg             + 月 見 送 り の  Q u i e t  S u n u p 

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2011年12月 9日 (金)

月、“純情”KAZUさん・・・あれから4ヶ月

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。sunmoon1 3℃~7℃

2011809            + 2 0 1 1 年 8 月 9 日 夏 ・ ・ ・ 

あれから4ヶ月・・・、そして寒風に照り映える月を見るmoon2 moon1 fullmoon

Candle2012月9日、東京は最低気温が3℃、最高気温が7℃、新しい冬に突入して一番の寒さになりました。夕暮れ過ぎ、冷たく暮れてゆく冬空を見上げると、月が“満月”一日前の存在感を示し、ビル街のギザギザ・シルエットが作り出す地平線のすぐそばに大きく大きく浮かんでいました。

まだ浅い夜の岸辺に琥珀色に輝く・・・大きな大きな生まれたてのお月さま。

「純情仔猫物語のKAZUさんは、“月”が好きだった・・・」と、脳裏をかすめた帰り道。

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家に帰り、所用を済ませていると、窓越しに見える“月”はもうすでに高く、「さて、ブログ記事を何とかしなきゃ」と、PCに向かいドキュメント内の写真を整理していたら、2011年8月9日の日付で思わぬ写真が出て来ました。それもこの日付では一枚しか何故かシャッターを切っていない。たったの一枚だけ。
その写真が、冒頭の写真です。しかも“月”が写り込んでいる夜景。何気なく撮ったワン・ショットの写真が“月の一枚”でした。にじんで満月のように見えるけれど、調べてみたら、この月は“宵月”というそうな・・・

無意識にシャッターを押したへたくそな写真だけれど、その日付“2011・8・09”に記憶が呼び戻され。言葉にはできない胸に迫り来る“何か”がありました。
2011年夏・8月9日は、KAZUさんが亡くなった日です。そして、日をめくること、その5日後の8月14日“満月の日”にブログを通して公に「KAZUさんの逝去」の報せがありました。“純情”のミッキー部長がKAZUさんに配慮し、意図したことではないと思うけれど、奇しくも“満月の夜”にKAZUさんは私たちの元から名実ともに去っていったのです。

Nas1e_3

娘さんに“月”にちなんだ名前を与え・・・、“月”が好きだったKAZUさん。そして、満月の月あかりの下で“KAZUさんの悲報”を受け止めることになった私たち。
あれから1ヶ月、あれから2ヶ月、あれから3ヶ月。ぼくが、“純情”のKAZUさんにこだわりを持つのには、大きな理由があります。それも“月”に繋がる韻を踏み・・・

それが、これです。『娘、奈月との歩み』・・・KAZUさんが数年前に書き残した“慟哭の手記”です。そして名文です。『娘、奈月との歩み』、・・・深夜に及ぶ外回りの活動で天蓋を屋根に暮す猫たちそれぞれに対面し食べ終わるのを待つ間に、その手持ちぶたさの友だちが“月見”なのです。そして折々の月の景色に、KAZUさんが手記にしたためた“思い”を見つめてみるのです。

「大丈夫、大丈夫、これっくらいのこと」と、変化自在に移り変わる月を仰ぎ見・・・
・・・傍から見るより、外回りの猫の活動はきびしく、理不尽なつらさに我慢しなければいけない時、ふと何気に、KAZUさんが背負った十字架を考えてみるのです。

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Anothertime_anotherplace             + 月 の 色 の 花 を 選 び ま し た 

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