言葉と保護活動

2012年11月15日 (木)

猫の名前

猫の保護活動をしていると、屋外で暮らす猫にフードを与えている人、また室内で猫を飼っている人たちと猫の話をすることが度々あります。
猫の話をする時、「お名前は何ていうんですか?」 とまず名前を教えてもらいます。
その子の名前が分からなくてはどの猫のことか、話が進みません。

たまに 「(外の)猫に名前、つけてるんですか?」 なんて訊かれることもありますが・・

外で暮らす猫たちの名前と言えば

クロ(色が濃いから)、クマ(黒くて熊みたいだから)、シャモジ(しっぽが曲がりシャモジみたいだから)、シロ(白いから)、ブチ君(ブチ柄だから)etc
身体の特徴が呼称になることが多いようです。とても即物的、カンタンな名前がほとんどです。
なかには、どの猫も同じ名前 「ミャー」と呼んでいた人もいました。

はっきり言って、もし、自分だったら辛いなと思う名前が多いです。
顔が黒いから、〈 黒 〉と名付けられたり、足が太いから、〈 大根足 〉と名付けられたり、顔にそばかすがあるから、〈 あばた 〉と言う名前をもらったら嫌だろうな、と思います。

世話をする猫に即物的な名前を付けている、と言うことは、その人に取っては “ただそれだけの軽い存在” なのか?とも感じることもあります。
例えば、自分の娘・息子・家族ならば、もっと違う名前をつけますよね。きっと。

猫の郵便の J 君は、猫にはみんな、外の猫も室内の猫にもすてきな名前を付けています。
1名 1名 の猫 それぞれを大切な存在としている証拠のように思えます。

A ゴルビー  アレクセイ・ポポフ  アテニャン 
B 
リリ   ララ   ロロ  シド   ドラミ・ミドラ
C ミケランジェロ  ゲーテ・マルクス   ダビデ   アレキサンダー  
D パセリ   セージ   ローズマリー  タイム
E コスモ   ユニコ   ジョシュア   ハマー  Gen   
  トコ     ノコ       ジップティー  チャーリー・チャン
  ダリン   コーダ   J・J   J太郎  プレッツェル
  ギンガー キンバリー  ウンガロ  ワサビ  ラジオ

とても、書ききれません。まだまだ、たくさんありますが、時間切れになってしまいました

そして、、どうしてその名前になったのか、猫それぞれにストーリーがあります。

J 君が猫に名前を付ける時は、その子を何時出会ったか忘れないため、その時々の社会を反映した名前であることもあるようですが、
その名前のキーはJ 君本人だけが知っている場合もあります。

一番最近、来た子の名前は「リッキー・リス」 名前の由来は教えてもらいましたが、長くなりますので、またの機会に・・・ 

昨晩から寒くなりました。明日は10℃をきるかもしれません。
いろんな名前をもらっている猫たち。
どんな名前の猫もみんな、この冬を乗り越えてゆけますよう祈りながら活動に出掛けます。(鉄腕ウンガ)

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2012年1月18日 (水)

+∞荒野の私的ドジョー改革Ⅲ~類は友を∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。suncloud  2℃~9℃

Photo             + 類 は 友 を  ま ほ う の ラ ン プ

荒野の私的ドジョー改革Ⅲ 類は友を呼ぶshinevirgoshinevirgoshineshineshine

Jpg_2『今夜も、美味しいごはんありがとうございます。・・』 Gocha! んー、類は友を呼ぶ。

この引用は「猫の郵便」に常日頃数多くのメールを寄せてくれる練馬在住のSQさんのいつもの書き出しです。
エサではなく“ごはん”、猫のごはん。彼女はメールをくれた当初から表現はこうでした。
こちらから“お願い”をしてそうして頂いているのではなく、彼女からのメールには一度たりとも“エサ”という言葉が使われたことは先ずありません。一年に及ぶ期間ずうっと坦々と変わらずにだから、彼女がメールの中で“エサ”ではなく“ごはん”と呼ぶのは、日常生活から無理なく出てくる自然な言葉使いなのでしょう。

猫とウサギ、そして障害を持った犬と暮す彼女の毎日。日々の生活の中で、動物たちに相対(あいたい)する態度がそのままメール文面に流れ表わされる。
動物たちとの水平な関係。決して下に見下さない水平な姿勢、そしてその眼差し。
別に犬や猫に米の“ご飯”を与えているから“ごはん”なのではなく、「動物が食事する事」と「人間が食事をする事」を“命をつなぐ”行為として彼女の中では“水平で並立”な世界観が備わり出来ているのだと思う。・・・素晴らしい。

Mas3

自分の経験・体験をふり返ってみてもそうです。例えば、外で仕事や友だちと会合している時に、保護猫の“飯時”や外猫の保護活動の“時間”が迫り退席しなければならないエクスキューズに、「エサやりの時間だから・・・」とか「エサやりがあるから、では失礼」などという“言い方”はしたことがない。

対面する内外の猫たちに向っても同じく「エサの時間だ。ほら、食え。エサだ!」と、そういう不遜な態度×言葉では間違っても接していない。・・・上品ぶっている訳ではない。気取っている訳でもない。目の前の光景と水平な関係でいたいだけでそうしている。そうして来た。その方が気持晴れ晴れと見通し良く楽だからだ。

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水平の関係。サイドバイサイドの歩み。この感覚、この心情を良く察し理解していてくれているのが、東京の東久留米市に住むHYさん。
彼女のメールを読むと、彼女が丁寧にブログを読んでくれているのが手に取るように分かる。文面からそれがヒシヒシと伝わって来る。HYさんのメールにも練馬のSQさんと同じく、“エサ場”とか“エサやりさん”などの言葉は見当たらず、外で暮す猫たちや私たちの活動への優しいタッチ・眼差しがあふれている。言葉選びが素敵なのです。

HYさんの凄いところは、この「私的ドジョー改革」シリーズを始めるかなり前の段階で既に、ブログの言わんとすることや言外に含ませておいたニュアンスを察知し、こちらが嫌がる言葉や言い回しを決して使わない。HYさんは静々とした美しい文脈を作る人だけれど、“言葉はゆく手を照らす輝き”・・・そこのところを“何ちゅーうか”彼女は身体感覚でピタッとキャッチしている。その嗅覚、そのセンス、まさしく“キャット・ピープル”!
ジワリと「いい人だなぁー!」と心底思う。

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類は友を呼ぶ。サイドバイサイドで並んで歩いてゆく。・・・まっすぐ平らな見交わし。
従い従わせる関係ではない世界。
「誰が上で誰が下、どちらが下でどちらが上」ではない平明な世界観、感覚世界。
旧態依然の上下感覚では先々、不幸を手招き・・・先ゆきが見えないから、主従の関係で善悪を決する価値観からはもう1ミリでも一刻でも早く脱け出して、平たく透明な気持で目の前に広がる世界を見つめてゆきたい。犬猫馬鹿(いぬねこうましか)並み
と軽蔑されても何のその! SO WHAT? ガッチャ!

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Bt2_050         + 出 合 っ て し ま っ た 運 命  星 キ ラ ラ 

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2012年1月16日 (月)

+∞荒野の光陰~私的ドジョー改革Ⅱ∞+

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Sound_of_silence4jpg       + 木 の 葉 っ ぱ  言 の 葉 っ ば  そ し て  沈 黙 の 冬 

荒野の私的ドジョー改革 エサやりさんと呼ばれてshineimpactshineimpactshine

Jpg(前日の続き) つまり、それは天からも人からも見捨てられ生きる猫たちの麓(ふもと)にまで、心・体を低く低く下ろしてゆくプロセスをたどり。

つまり、それは日々の活動の中で、日常、何気なく使い使われている言葉や無意識下に潜り込んだ態度、動物たちに接する態度の自己点検を通して。

下に下に這いつくばり、低く低く降りて行った先々、すり鉢の底から見上げた世間は!

Nas1ec

「お前、下に見下す言葉を使いながら相手を助けている気になっているのか? なら、それを偽善、偽善者と言うのだ!」 これはいつも胸に響かせている内心の声である。

使う言葉が態度を作り、相手(動物も含む)に伝わり、社会に伝わり、一周して自分たちの頭上・足元に返って来る。そして土壌が作られている。麓の言葉を自分の手元からまず変えてゆかなければ、この先何も変わってゆかない。そう思った。

アメリカの言葉改革がそう。日本でも老人介護や障害者の問題から「ボケ老人」とか「痴呆症」とか「片輪」とか「知恵おくれ」という言葉が表立った表現から消え、新しい言葉に置き換えられた。

言葉自体に差別的な手垢がついた汚さがあり、見下しの蔑みに満ちた言葉の数々を抱いていたのでは、人の心に変革を促すことは出来ない。問題解決を必要とする土壌改革は出来ない。侮蔑する石や差別心を掻き立てる悪い根っこを取り去り地ならしし、はじめて“実り”がやって来る。

悪い土壌には花は咲かない。実りは来ない。貶(おとし)める感情の手垢がこびりついた言葉に「~さん」とか「~さま」と敬称をつけたところで、“蔑み”のマスキングにはならない。焼け石に水だ。
とかく、何にでも「さん」をつける、時に悪い習慣。思考停止を誘う“悪い癖”のリサイクルは自分はやらないことにしている。差別用語に敬称をつけたところで空しくなるだけだ。・・・クロンボさん、知障さん、片輪さん、あいの子さん・・・・、ほら変でしょ!

Nas1ec_2

日々一日通算6時間の外回りの活動をしていると、耳を塞いでいてもあっちこっちから色んな言葉が飛び込んでくる。
「あ、エサやりか!」「エサやるから懐いてるんだ!」「餌付けしてるんですか?」「エサやりなんかしてさ、お前の頭は猫なみだな!」「淋しいからエサやりしてるんでしょ!」「エサやりさん、何でそんなことしてんの?」などなど、あり余る。ひどい奴になると侮辱目的だろうが、「毛皮をとるために餌付けしてるの?」なんていう減らず口を利く。
“GOSH!”なのである。

エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ・・・、こうして「猫の郵便」は、“エサ”という言葉を廃止にした。死語にした。「エサやりさん」と呼ばれて・・・、例え「~さん」づけでも好い気はしない。気持良いものではない。
自分たちの活動は、給食、TNR、交渉&広報、そして病気や怪我をした猫たちの保護引取りが連なって三位一体・四位一体の輪を作り、織り成している。点だけを見て、見下しの上から目線を向けられる言われはない。今では「エサ」と聞いただけでカチンと不愉快バロメータが天まで上がり、振り切れそうになる。

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千代田区保健所の冊子パンフレットには、“エサ”とか“エサやり”とか“餌付け”という文言はどこにも存在しない。一方、横浜市や大阪市の改悪を目指した動物条例改正の動きには文書中「エサ」や「エサやり」などの文言が当たり前に踊っていた。この違いは何を指し示しているのか?! 面白い!
恐らく、問題に向き合うサブジェクトへの立ち位置・姿勢・考え・態度の相違なのだろう。

自称・猫ボラも、その反対者も、行政の係りの人も、行きずりの人たちも、皆が皆雁首そろえ、“エサ場”とか“エサやり”と共通言語化し語り合い語りかけて来るが、「猫の郵便」は、とっくの昔にそのチューンやチェーンから離脱した。少なくても猫たちの一番身近で活動する者の心は、一般社会で暮す通行人や行政や反対者と身体感覚を違えていて良いはずだ、そう強く思っている。「猫の郵便」は、この路線でゆく。

思えば、「野良猫へのエサやり」が「地域猫活動」という新しい言葉を得、どんなに救われた気持にさせられたことか、と。言葉づかいでその人の背景や歴史や未来が判る、言葉づかいでその活動の中身が透けて見えて来る、自らに問いかけていることである。(つづく)

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Dscn2823         + 水 平 に  そ し て  ま っ す ぐ な ま な ざ し 

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2012年1月15日 (日)

+∞ドジョー国家の光陰~私的ドジョー改革∞+

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Charlie              + 水 平 の 眼 差 し を 心 が け 

ドジョー国家の存亡 私的ドジョー改革shineshoeshineshoeshineshoeshineshoeshineshine

Futaba85cccjpg 例えば、女性蔑視や男尊女卑が当たり前の環境に育つとその考えや価値観は無意識の内にすりこまれ身に備わってしまう。

成長し大人になり身についた振る舞いは、その人のあらゆる断面にこびりつき、終生つきまとう。なかなか、それはそんなに簡単たやすく変わるものではなく。変えられるものではない。
自分にとっては、当然至極自然な習慣、他愛なさから出た“行い”や“言葉”が相手をひどく傷つける結果になっても・・・しかし、“当の本人”は自分の悪さの“何故”が何か分からない。邪気なく分からない。本気で分からない。そして生涯分からず仕舞い。
・・・無邪気に弱者や女性や他人をいたぶり傷つけるありがちな現象には、「生まれ育ち」という長い長い時間をかけ培(つちか)われて来た温床に根ざす“土壌”があるのだなぁーと、近頃つくづく思う・・・今日この頃なのだ。

なーんて、「きっこの日記」冒頭あいさつフレーズを劣化コピーしちゃいましたのです。

“温床”ねェー。“家庭環境”ねェー。“社会環境”ねェー。根が深いねェー。ドジョー改良して2世代3世代と世代を更新し一新してゆかないと、世の中変わってゆかないんだもん。きついよなぁー。法制度上の文言を“積み木の城”を体裁&形良く並べるように凸凹を直し整えたところで、結局、人の心に巣食う“闇”が変わらない限り、人種差別や性差別や動物虐待の上に乗っかった文化が果てしもなく続いてゆくんだもんなぁー。
もっとも、日本は「法律」すら未だケーブマン・レベルの前近代状態だけれど。

Mas3

アメリカでは、性(ジェンダー)や人種間の差別や偏見をなくす方向で、法改正の他に数年前から“言葉の問題”に取り組み始めた。公的な場所での言葉の改革!
それは、“相手が不愉快に感じる言葉は使わない”から“職業上の名称に性差を付けない”に至るまで。・・・Black or Negro(黒人)がAfrican American、Stewardess & Steward(航空業界)が共にFlight Attendantなど、多岐多様に渡る日常言語の変革だ。この余波は日本にも上陸しているが、「改革の根本精神」を各カテゴリーが確かに自覚し輸入されているのかとなると「どうなのかな?」と首を傾げる。

言葉によってブレインウォッシングされ刷り込まれた価値観を、言葉を変えることによりリ・ブレインウォッシし返す。“リメイク/リモデル!”・・・良い試みだと思う。
なかなかドラスティックな変化を遂げない社会様態には、悪い温床を繰り越している原因がある。そんな市民生活の日常の中で当たり前に“とり交わしている言葉”を見直してみようという試み。
言葉を変え、社会関係に楔(くさび)を打つ・・・言葉を変えれば、必然的に対面し合う諸関係にも変化が余儀なくされるだろうという手法であり、論法であり、期待だ。

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だが、この日本は法律の文言からして、偏見と差別の悪しき種が育つドジョーのまま。
動物虐待が「器物損壊」と表わされるなどなど・・・探したら埃がモウモウ立ち煙りむせ返るような古き思考の文言のオンパレード・・・きりがなく古めかしく。

私たちの平素な日常を取り囲む言葉たちも・・・例えば、動物をからめた諺(ことわざ)一つとってみても、人と動物の関係の歴史が垣間見られ、時に侮辱であり、時に侮蔑であり、動物たちへの蔑(さげす)みの目線で満ちあふれている。

・・・猫に小判。猫に鰹節。猫も杓子も。猫をかぶる。猫の手も借りたいほどの忙しさ。猫の額ほどの・・・。猫ババ。その他の動物では・・・
犬が西向きゃ尻尾は東。犬に論語。犬も歩けば棒に当たる。飼い犬に手を噛まれる。犬馬の労。馬脚をあらわす。馬耳東風。馬の耳に念仏。虎は死して皮をとどめ人は死して名を残す。カエルの面にションベン。猿に烏帽子(えぼし)。スズメの涙。月とスッポン。月夜の蟹(頭が足りない人)。牝牛に腹を突かれる。衆盲象を模す。豚に真珠etc
そして、ことわざではないが民間伝承として言い伝えられている“化け猫伝説“”・・・

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侮蔑の意識はサラサラなく、さりげなく使い使われる諺や言葉たち。日常、一般常識化したこれらの言葉に何気なく包まれ、使い、見交わし合っていたなら、知らず知らずの間に無意識裡に動物への考えが思考前に刷り込まれ固定観念化され、動かぬイメージが定まってしまう。悪気なく。他愛なく。容易く。
日常のとりとめもない言葉の反復は、繰り返し見聞きし、自分でも言い書きリフるから、学習効果は絶大だ。そうして成り立っている私たちの社会、日常生活。

動物蔑視が当たり前に日常会話に根を下ろしている社会の中で、動物の地位向上の視点論点で何かを変えようとするなら、先ずは!
法の改革や国に要求を突きつけてゆくことも大事だが、ぼくたち「猫の郵便」は、それと同時に、日頃の給食活動やTNR&交渉&広報etc活動と並行して、自分たちの眼差しを猫たちの置かれている“立ち位置”と真正面の水平感覚にすることに絶えず心がけ努め来た。つまり、それは、見捨てられ暮す猫たちの麓(ふもと)まで心・体を下ろしてゆくことだった。(つづく)

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Quietmorningjpg                 + 朝 日 の あ た る 家 

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2012年1月14日 (土)

+∞マルコ・ブルーノ見聞録 ~ボランティア∞+

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Mb3           + 第 四 、 第 五 ・ ・ 感 覚 の 持 ち ぬ 主 

マルコ・ブルーノ見聞録 ボランティアという言葉shineshadowshineshadowshine

Jpg自分がやっているこの活動をこの世界では略して“猫ボラ”と呼んでいる。

“ボラ”は、ボランティアを短縮して「ボラ」、捨て猫救済のボランティア活動、猫助けのボランティア活動、まあそんなところかな。でも、これまでに実は自分の活動を身体的にも言葉的にも「ボランティア」と思ったことがない。その自負も持っていない。自己申告では自分の活動のことは“社会活動(ソーシャル・アクティビティ)”だと認識している。

それは、この国で広く流布され当たり前に使われている“ボランティア”という言葉に、大なり小なりの違和感があったからだ。なじみが悪かった。なじめなかった。なじまなかった。この国では、何故か知らないけれど言葉の定義を曖昧ファジーにぼかす癖みたいなものがあって、最初の意味が無限大に弱まり捻じ曲がり拡散してゆき、広く行き渡った頃には皆がめいめい勝手な意味づけで使っている場合が多く、元の意味が失われていることが良くある。

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ふり返ってみると、・・・「猫ボラ」とか「ボランティア」と口をついて出るようになったのは、同じような活動をしている人たちと出会ったり、ブログを初めてからの頃。自分だけの固有の言葉や認識では共通言語性を持てないから、やむなくそうしていた。だが、胸の内の“違和感”が解消した訳ではない。
ある種の人たちは、「ボランティア」と聞けば「タダで何でもやる人/殴られても石ころをぶつけられてもじっと耐える無垢であるべき存在」と限定し究極の曲解をしている。
匙を投げるような場面も少なからず経験して来た。

しかし、そんな中、人伝にマルコ・ブルーノさんが「ボランティア」と言う言葉をあまり好んでいないと聞き、にんまりしてしまった自分がいる。マルコ・ブルーノさんの説に頼れば、「ボランティア」なる言葉はローマ時代の“戦争”を語源としているそうだ。
血生臭い“戦争”を源とし、為政者のために如何なる奉仕をもいとわず、戦場に赴く、赴かせる。マルコ・ブルーノさんは、「ボランティア」という言葉は戦争のイメージが付きまとうから「好きではない」とバッサリ!

・・・活動に限らず、生きてゆく上でどんな言葉をチョイスし、ゆく手を照らす照明にしてゆくのか、そして他者(動物も含む)と接してゆくのかについては、日頃から大変に重要なことだと思っている。だから、言葉の定義をファジーにぼかした座標ベクトル頼みに、互いに分かり合えたように思えるのは、一時(いっとき)の止まり木、打算、錯覚。
錯覚は錯覚でしかなく、やがてそのコミュニケーションはディス・コミュニケーションの屍と変わり果てる。・・・
数々の諍いを見て来た。

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言葉を選ぶ。言葉を捨てる。それは生き方。どんな生き方をするのか。
そして、言葉にどんな色や温度を持たせるのかは、その人の生き方をクリアーに逆照射し映し出す鏡。 だから、言葉に対する敏感さは非常に大切な感性の作業なのです。・・・さすが、我が尊敬するマルコ・ブルーノさん。ん・・・偉い。

しかし、当面しばらくの間は、「“猫ボラ”という言葉は使わざるを得ないのだろうな」と思っている。だけど、「猫の郵便」は活動で、猫や犬の食べ物を「エサ」と言うのはとっくの昔にやめている。死語である。

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Walkingjpg      + G O O D  L U C K !  皆 こ う で あ っ た な ら 

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2011年11月18日 (金)

+∞愛護法改正の前に ~落ち葉の独り言∞+

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Jpg               + L e a f    言 葉 は 大 切 

愛護法改正の前に 落ち葉のひとり言shinemapleshinemapleshinemapleshinemapleshineshine

Futaba85bjpg「この豚野郎!」 随分とひどい言葉だ。相手に対する最大限の侮辱の言葉だ。

これは英語でも同じ。やはり、豚を例えに相手を泥沼まで叩き落す。

豚を例えにした罵詈雑言の語源をあえて調べてみたことはないけれど、豚の顔や姿を心にトレースしてみればキュートなイメージしか思い浮かばず、相手を最大限に罵る言葉としては自分の中ではそんなに力を持たない。
どちらかというと英語でも日本語でも避けて通る言葉だ。豚さんに悪い。

殺され、焼かれ、煮られ、食いちぎられ、カバンにされ、ベルトにされ、挙句の果てには言葉の世界でまで最下層の下劣な身分に貶(おとし)められている。

可哀そうな豚さん。

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人を罵り落としこめる言い方の接頭語としては、「馬鹿」「クズ」「チキン」「ゴキブリ」「ハイエナ」「メス豚」「モンキー・・・」などさまざまだが、人間は本当に随分と傲慢で偉いものだ。何様のつもりだろう?

そうか! なるほど。 人間さまか!

そう言えば、鉄腕ウンガさんとLiam君が現場作業をしている時に或る中年男に呼び止められ、「お前たちの頭は猫なみの脳みそだ!」と唾棄されたことがあったと聞いている。

動物を例えにして相手を愚弄する言葉を持ち続けている限り、その人にもその社会にもろくでなしのすれっからしの袋小路しか待っていないだろう。
何故ならば、人は“人間さま”であることによって、この世界のあらゆるものを支配しようとし、“この世界”の環境や生態系の何もかもを破壊し尽くしてきたのです。天に唾した言葉の報いは、お終いは・・・どんな真っ暗な結末に導かれてゆくのだろうか?

メールで、私たちの活動に対して動物を揶揄した“悲しい言葉”が届くたびに、人間さまたちの“御心”に、心はいつも切なく空しく悲しくなるのです。
・・・猫並みの頭で。豚と呼ばれ。牛並みの鈍足で。重い十字架を背負って。動物たちと共にゴルゴダの丘まで歩きましょうか?

Mas3_2

どんな言葉を選び、どんな言葉を捨て、どんな風に言葉を使い、目の前の光景と接してゆくのか、その言葉の息づかいがその人自身のゆく道を照らし、その人の“格”を決める・・・そんな気がする。

言葉(法)を変えない限り、社会は変わらない、人も変わらない。 ・・・日常の言葉(=法)を変える勇気を。

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Fall                     + 「 ・ ・ ・ ・ 」 

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2010年8月 9日 (月)

+∞『地域猫の作り方』という名の良いプログ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。

800pxcrepuscular_rays8__noaa レンブラント光線
地域猫〟この言葉を初めて聞いた時天使の梯子が空~降りて来たよう思えた

【『地域猫の作り方』という名の良いブログ】 impact impact impact

ブログ『地域猫の作り方』は、いつ行っても〝いいブログだな〟と思う。
地域猫の現在と過去、そしてイベントの日程や知りたい情報を一望にして眺め、見渡すことが出来る。
ブログ主催者のちゃま坊氏の抑制の効いた表現も、客観的で、見る側の気持ちを冷静にしてくれる妙な効果がある。

地域猫/外猫ブログ界の中の殿堂かお寺のような存在に私には思える。

何よりも素晴らしいのは、そのブログ名。ネーミングの素晴らしさ。

ブログ『地域猫の作り方』_
一見して、何の変哲もないネーミングに思える表題だが。
〝地域猫〟とは何か?_そうです_〝地域猫とは作るものなのです〟という答えを単刀直入に短い言葉で出してくれた_そのものを〝ズバリ〟言い当てている。

何回も〝素晴らしい〟と口走ると五月蝿(うるさ)く聞こえるかも知れないが、やはり、素晴らしいコンセプトだとしか言いようがない。

今現在、外で暮らす地域猫は、生まれながらに〝地域猫〟だった訳ではない。地域猫に成ったのだ。人の手(考え方)によって_殺処分や近隣騒動の不幸の再生産やサイクルを断ち切るために_地域猫とは、正に『作らなければいけない』人間に与えられた命題なのだと私は思う。

何故ならば、猫たちの不幸は、人間が作って来たものであるから。

悪しき習慣や循環は立ち切らなければ

055           地域猫/大切な言葉_大切なコンセプト

【活動ジャーナル】日々の給食活動の報告は地域猫の安全と場所の保全を考え、詳細の記述は不可能に至りました。御察し下さい。

/08 夜 28℃

夏休み_日曜日_静かなオフィス街。BCD方面へ。
Bゾーン:♂猫2頭の配膳場所の位置を変えた。Cゾーンへ→
固定ハビタットへの配膳と個別給餌の組み合わせで巡回。

妨害/いやがらせ行為は1件。地面にドライフードが撒かれる。後片付けに追われた。この季節に地面に食べ物を撒く、置くということは、蟻や虫に給餌しているようなもの。

途中、雨の予感に、戻る足で傘を設置。

A方面。はじめはパラパラの雨。猫弁当を配り終わる頃は、本降りになっていた。

/09 朝 雨

A方面へ。かなり強い雨。長靴を履いていかなかったことを途中で後悔。靴の中まで雨が浸透して来た。

BCD方面へ。本格的な雨_雨のせいで気温は下がった。しかし、雨中の作業はやりにくい。各地各所、前夜が日曜日の流れだったので、いずれのトレイも残量は微々たるものだった。

雨は初めから終わりまで降り続いた。

Dscn2647          再びの闇の世界に戻らないようにするために

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2010年8月 7日 (土)

改訂/「地域猫とは?」最新版のお知らせ

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。

800pxlibya_5230_wan_caza_dunes_luca 元の木阿弥?No,I don‘t want to be back where I started!

【「地域猫とは?」最新版 - 言葉の定義をよろしく】 bell bell bell

《猫の郵便ビボー録》6月16日号 +∞「地域猫」リニューアル∞+ のタイトルを改めました。
新しいタイトルは clubclub+∞「地域猫とは?」最新版∞+clubeye (右クリックで)です。

これが『地域猫とは何か?』の最新版です。

アクセス解析を調べていたら、旧版に行ってしまう人が多く見受けられたので、新版のタイトルが分り難かったかと思い、タイトルを変えた次第です。

言葉の定義は大事です。それは、+∞言葉の問題/言葉の定義の問題∞+(右クリックで)で述べました。

言葉が中身を失うと唯のガラクタ_空気を虚しく漂う漂流物。

先人たちの苦労の末に出来た『言葉』の深さと意味を失いたくないものです。

clover 地域猫という_外で暮らす猫たちにとっても猫ボラにとっても宝石のような言葉は、今現在、東京都内では人猫共生会議やブログ《地域猫の作り方》やゼロどうぶつクリニック等の協力医や東京都動物愛護推進委員/松下淳一氏や多くのボランティア、そして、環境省―各区保健所(特に新宿保健所の高木優治氏)の力を借り、より確かなものになろうとしています。clover
確かな道のりを歩んでいます。

『言葉』が持つ意味や定義や温度を失うことなく、連携を保ちつつ、車輪を前に押し進めてゆきたいものです。ね。

関連記事:+∞耳先V字カットは猫の安全保障∞+(右クリックで)

201005_26_12_e0144012_114259 言葉の問題/言葉の定義の問題ではノム君とゆきももこさんの力を借りました              Thanks_可愛いねノムちゃん

【活動ジャーナル】日々の給食活動の報告は地域猫の安全と場所の保全を考え、詳細の記述は不可能に至りました。御察し下さい。

/06 夜 28℃

金曜日_BCD方面へ。注意力、集中力が途絶えることがないように_各地各所、それぞれの猫の存在をチェックしながら、異変等をみのがさないように_巡回した。

妨害/いやがらせ行為は1件。

Dゾーンで、1頭の猫が生息場所を移動したため、約10分そのための時間が必要になった_個別給餌に切り替え。

A方面へ_人、車が深夜まで。問題の場所MPは、音と気配はするけど姿は見えず。

帰路の道は、さわやかな夜風。

/07 朝 27℃

Aゾーンは、不景気のせいか夏休みのせいか、ひっそり_お陰で、滑らかな回収作業だった。

BCD方面へ。
CDゾーンの1ヵ所で水の変色が続いている。朝の作業なのに、2ヶ所で干渉の痕。某所では特製ドライフードがトレイごと持ち去られた。下敷きにしていた新聞紙に多量の液体(What next?)が掛けられていた。Oh!My God!
犯行は昨夜の23時20分から明けて4時50分の間。

それもこれもなんのその_1,2,3,4・・・とせっせせっせとルーティンを続けた。

Animal_poster_2                民間が作ったポスター

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2010年7月27日 (火)

+∞続・猫の名前/星の名前∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。

Whats_going_on_2             猫の名前/What‘s going on?        ng

【続・猫の名前/星の名前】 pen

ところがである。
Once upon a time in Tokyo・・・・・

ある日、ある時、ある場所で。尊敬し、敬意を払っていた大学の先生が談笑の中でこう問いかけて来たのである。

〝君の家では猫に名前を付けているの?〟

まさかの質問に頭の中は真空j状態。目が点というか、鳩が豆鉄砲を食らった状態というか何というか。
唖然とする間も与えられず、先生は間髪を入れずに言葉を続けた。

〝ところで君、引越すんだってね。猫は連れて行くの?〟

ズッドーン! ガラガラガラ~バッシャーン!(煙もうもう)_尊敬の念が一瞬にして失望の程に変わり果てた衝撃の瞬間でした。

彼の言葉は更に続きました。
〝猫は鼠(ねずみ)を食べて生きて行けるでしょう〟
更に更に更に_あっけにとられる私の心に激辛ハラペーニョソース(唐辛子の一種)を刷り込むかのように、その先生のあの言葉が炸裂したのでありました。

〝犬や猫を飼わなきゃいけないのが君の弱さなんですよ〟

耳を疑いました。自分の聴覚を。晴天の霹靂(へきれき)というか、寝耳に水というか、不意打ち、闇討ち_虚を疲れた人間の心理は一瞬の脆弱状態に陥る。
あの説明出来ない感覚は、記憶を呼び戻しても、今でも説明することが出来ない。頭がクラクラする思い出である。

自分の中では、たわいない日常の中で当たり前になっていることが、別の価値観や文化で育って来た人のフィルターを透すと、異文化や異世界にその人の目には映るらしい。先生(その人)の目にはそう見えていた。

自分の中で当たり前の日常になっていることを説明するのは、難しい。
文化を異にするガラス一枚隔絶した、向こう側に自分の考え方や意志を正確に言い伝えるのは至難の業だ。

先生には〝育った文化が違うんですよ〟とお茶を濁して置いたが・・・・。
世の中には、絶対に分かり合えない、平行線の、価値観を異にする人たちがいると体得させられた衝撃の瞬間ではあった。

私は、ビボー録5月14日号の∞+かちかち山の魔女裁判+∞で裁判官を小馬鹿にするような物言いをしましたが、こんなところに端を発しているのかも知れません。
その人たちにとっては、《たかが猫》であっても、私や私たち猫ボラにとっては《されど命》なのである。

ここで話題にした先生は、育ちがよく_幼稚園から大学まで超エリートコースを歩んだ_東京大学出身の人。
世の中の閉塞状況が透けて見えてくるようではありませんか?

Eso0833a             この星の名前は?/ジュピター        notes

【活動ジャーナル】日々の給食活動の報告は地域猫の安全と場所の保全を考え、詳細の記述は不可能に至りました。御察し下さい。

/25 夜 26℃~27℃

BCD方面へ。予想外に涼しい外気と夜風。日曜日の人払いの清涼も手伝って爽やかな夜の給食活動。
妨害/いやがらせ行為は1件。
その他は、吹く風の通りに順風満帆にセーリング。個別給餌の待ち時間はストレッチングをしながら、暇つぶし。このラウンドは最低1時間半かかる。

A方面へ。BCDゾーンと同じく_楽にラウンド。終了_Midnight

/26 朝

ABCD_リセット用特製ドライフードは変則バージョン。日中の高温多湿を想定して、いつも混ぜ込むミンチにしたスモーク魚は止めにして、代用にローヤル・カナンのベビーフードを使った。

ABCD_全ヶ所_異常なく回収とリセット。終了時間は、7時少し前。

きょうもみんな何事もなく無事でありますように。

800pximmature_jalapeno_capsicum_ann              因みにこれが_ハラペーニョ

  

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2010年7月26日 (月)

+∞猫の名前/星の名前∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。

723pxm4220050206lrgb900                美しいオリオン大星雲

【猫の名前/星の名前】

子供の頃、星の名前や月のいろんな場所のネーミングが好きだった。
星や星座の名前を心に落とすとイメージがパーッと綺麗な波紋を広げてくれた。
静かな海、ケンタウルス、蛇座、超新星、オリオン大星雲、ジュピターとエウロパ・・・ぞくぞくした。ぞくぞくして来る。
星の名前がドアになっていて、そのドアを開けると色んなことを知る学びのきっかけになった。

星の名前に限らず_人の名前、国の名前、花や木の名前、商品の名前、音楽や映画や本のタイトル、絵の名前、薔薇の名前・・・・。
しかし、ドアに書いてあるその言葉だけで、開けたくなくなるドアもある。

名前は大事だ。言葉は大事だ。名前や言葉の響きは超エキサイティングにスーパー・ウルトラに大事だ。

だから、猫に名前を付ける時は、ああでもない、こうでもない、あれも違う、これも違うと塾考の末に〝はい、これ!〟となるまで心の中で揉めに揉める。
猫それぞれに_出会った頃の時代の気分、出会った時の本人の様子や佇(たたず)まい、周辺事情、その猫の行く末のこと等―色んな要素を重ね合わせて決めるようにしている。

いつ出会ったのか、回りの猫とどんな関係にあったのか、姿かたちに相応しいように、いつまでも愛情を持てるように_もし、亡くなった時は荼毘に臥す折に恥ずかしくないように_名前は命運を運んでゆく可視出来ない荷車のようだ。

人によって不幸にさらされたものの魂は、人によって清められ購(あがな)われるべき_それが私の考え方だ。

例えば、既にお知らせしたように〝アテニャン〟はアテネオリンピックの夏に出会ったから〝アテニャン〟(右クリックで)
ウルトラも即報したように、見捨てられた運命を一緒に乗り越えて行くように《永遠に》の意味を込めて〝ウルトラ〟(右クリックで)
ウルトラと共に置き去りにされた〝ソーニャ〟は、ドストエフスキーの『罪と罰』から_より強い愛情が持てるように名前を変えて〝ソーニャ〟
ソーニャの名前は今、活動ジャーナルの中に時々名前が上がる姿かたちがよく似ている〝リト〟に受け継がれている_リトル・ソーニャが転じて〝リト〟
セージ君は、+∞猫に曳かれて/里親会の失敗談∞+で、〝この地に4頭の仔猫が~〟と書き記したように、木枯らしの中でひしと寄り添っている4頭の仔猫が名前の繋がりを持ち、幸福のドアが開くよう〝♪パセリ セージ ローズマリー&タイム(スカボロ・フェアーの歌詞の一部)♪〟の中から男の子だから〝セージ〟君(右クリックで)

沢山いる猫たちの名前を思い浮かべるとその当時のエピソードや経緯や由来や、それぞれ諸々のストーリーが鮮やかに胸に蘇ってくる。今生きている猫も_亡くなった猫も犬も。
猫の名前は、その子ひとりひとりのストーリーが描かれている表紙(ドア)なのである。

人の名前、猫の名前、犬の名前、星の名前、映画の名前、店の名前、薔薇の名前・・・名前は大事である。

ところがである。
ある日、ある時、ある場所で(Once upon a time in Tokyo)!
大学のイタリア語の先生が私にこう言い放った。

                                  つづく
(夜の地域猫給食活動の時間が来てしまいました。では、また明日)

See You Tomorrow、Guys!

Dscn1884                book 薔薇の名前

【活動ジャーナル】日々の給食活動の報告は地域猫の安全と場所の保全を考え、詳細の記述は不可能に至りました。御察し下さい。

/24 夜 28℃ 土曜日

空には時折、稲光。傘を用意して、BCD方面へ。
順を追って、空の様子を伺いながら、配膳&配膳。水の取替えも忘れずに。

妨害/いやがらせ行為は1件。

海岸付近は適度な風があったので、個別給餌の間に小休止出来た。

A方面へ。ドット姫が出てきて安心。稲光が去って行ったので、それも安心材料。

/25 朝 28℃

A方面へ後片付けに出発。取り残しがないように。残りをトレイからこぼさないように。

暗い空にカラスが乱舞していた。
BCD方面へ。片付けとリセット。日曜日モードで。
休みの日のこの界隈 - オフィス街 -回収するゴミは半減する。
各地各所、異常なく終了。

Jpg            この子の名前は決して公表出来ない secret

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