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2013年9月30日 (月)

「三日月くっきり 星パラパラと」紙猫現場のバラード

午前3時の東の空に。三日月冴え冴えとくっきり耀き、東京にしては星もパラパラと散りばめられ。視界良好な秋の夜空でした。

今年5月に発見した「紙を食べ飢えをしのいでいた3匹の子猫」は夏真っ盛りの頃にTNRを終えましたが、3匹の子猫が住む現場では、その後、「わたしも・・・、ぼくも・・・、見捨てられたの・・・」と、日を追って月を追って一匹二匹と成猫がおっかなびっくり姿を現し、仲間になり、現在総勢十匹の大所帯ハビタット(生息地)になりました。

相次ぐ現場放棄! そして休みの日の給食放棄? 一人一人の人間が一匹一匹の猫たちを最期まで“愛”と“責任”を持って接する姿(倫理観)があれば、こんな悲惨なことにならないのにね。

疲れてしまうのですかね? 馬鹿と言ったらいいんですかね? 恥知らずにもほどがあります。

自分のしていることの“文脈”をつないでゆく頭を持っていないのでしょうか?

犬猫を平気で捨てる人も、折角やっていた現場を放棄する人も、「それをやっちゃあ、人間おしまいよ!」というモラルのハードルが物凄くゝゝ低い人間たち。人間が軽すぎるのです。

恥も外聞も「ばれなきゃラッキー!」、その軽さは、やがて、その人たちそれぞれの顔に、背中に、知らず知らずのうちに書き込まれてゆくのです。

ばれなきゃラッキー、それを浅ましい心と言うのです。

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