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2013年4月20日 (土)

日本人が失くしてゆく「こころ」

猫の郵便については、はじめにをご覧ください。

他者をいたましく思い同情する心を「惻隠の情/惻隠の心」と言うらしいが、「相手の立場に立って、ものごとを感じとる感覚上の自然な性格の発露である」と、故事百選に書かれていました。故事百選は続けて、夏目漱石の言葉を引用し『「可哀相とは、惚れたということよ」というように、愛という心情に結びつき「他を愛する」という博愛の精神と同類型の心の動き・・・』と説明しています。

「惻隠の心」をもっと平たく述べれば、敗者や弱者を可哀相に思いあわれみをかけ、「何かをしてあげたい」という「愛情や共感する情」と言えば良いのでしょうか?

むずかしい漢字、惻隠。これは「そくいん」と読みます。
言葉の意味も、かみ砕くのに時間がかかるほどむずかしいですが・ ・ ・
「惻隠の情」という言葉を最近、聞いたり使ったりしたことはありますか? おそらく「ない」ですよね。
なぜならば、この言葉は今では、死語になりつつある言葉だからです。

そりゃーそうですよね。他の不幸を目の当たりにしても、われ関せずスマートフォンや携帯に熱中し、自分の欲求や興味以外は枠の外にはずしておけば、スルーもパスもみんなワンタッチで出来てしまう時代。そういう世の中。
「素通りだけが人生さ」と
クワバラ・クワバラ、身の安全が大事、危ないことには近づかない。
こうして取り残されてゆくものは何なんだろう。

他者の窮地や不幸にふれ、何も感じることができない人が増えれば、自然淘汰され当然のように消えてゆく言葉もあります。。

猫の郵便の活動は、ひとりの男が散歩途中に、ある一帯で50匹をこえる猫たちがひもじさにさ迷う姿を目撃し、「可哀相だな、この子たちはこれからどうなるのだろう?」という“あわれみの心”から端を発して始まっています。 
捨てられた猫たちの群れが、歩いても歩いても、次から次から点々と・ ・ ・

猫の郵便の中でよく話すことですが、彼はいつも、こんな風に言います。

外猫たちに一日の糧を運んでいるうちに、いつの間にか“ともだち”になった。
相手が猫であろうが、人間であろうが、助けを必要としている存在がいるんだから、行かなくちゃ。
助けを必要としている友だちをむざむざ見捨てるなんて、カッコ悪いし、男らしくない。
必要とされて生きることは、うれしいことだ。
・ ・ ・と、いつとも知れず、これらの言葉が猫の郵便の間で、よく交わされる合言葉になりました。

可哀相だと思う心が“愛”へと導かれ連なってゆくなんて、故事百選を読んで“目からウロコ”、なんかもう得した気持ちになりました。

「可哀相とは、惚れたということよ」(夏目漱石)、うーむ、素敵です。カッコいい。

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