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2012年1月29日 (日)

+∞ 虐待犯の刑~教育刑の加算を ∞+

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Pg                       + 残 雪 

呪いの時代Ⅴ 虐待犯にプラス教育刑をshineearshinefootshinepapershineeyeglassshine

Photo_310年前、東京・大田区の仲六郷児童公園周辺で起きた連続23匹猫虐待死事件は、「懲役6ヵ月、執行猶予3年」が言い渡され02年12月11日に結審した。

あれからワン・デケイド(10年間)、07年を挟んで2回目の動物愛護法の改正の年に、その後も繰り返される動物虐待事件をバックボーンに、あの事件/裁判が残した教訓は社会を良くするための何かの学びになっているのだろうか?

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10年前、「連続23匹猫虐殺事件」を裁いた東京地裁の大熊一之裁判官は、判決文の中で、『地域住民に言い知れぬ嫌悪感や不安感を抱かせた罪は重い』と被告に言い渡した。 結果はお決まりのように人間中心主義の考えをベースに導き出され、人間ドラマとして裁かれた。被告は情状酌量を得るために愛護団体やNPOに寄付のデモンストレーションまでした。
置き去りになったのは、無残な死をとげた23匹の猫たちの痛み、苦しみ、もがき、そして慟哭の悲しみである。 ・・・ えっ、地域住民への嫌悪感と不安感???
本当の被害が見捨てられ、もの言わぬ“器物”としての“沈黙の闇”が時代の窪みに残された、それのみである。

結審から10年の時が経ち、犯人は05年にすでに“自由の身”となり市民社会に消えていった。しかし、日本の法曹界は異常者への裁きをこのままにしておいて良いのだろうかと疑念がふつふつと沸いて来て止まらない。
快楽を目的とした“殺し”は、対象が例え動物であっても犯人の中の消えない“体”の体験として「指」「手」「目」「耳」「感覚/感触」に、そして何よりも「脳」にフラッシュ・バック感となり残り続けるだろう。・・・暴力を介在させた病的な「悦楽への誘惑」。
その犯人たちを何の教育的治療を施さないままに執行猶予の温情をつけ、野に市民として紛れさせる。とてつもなく危険なことだと思えるのだ。

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猫の首を切断して学校まで持ち歩いた埼玉の高校生の常軌を逸した行動/感覚・・・川崎市の子猫詐取虐殺の廣瀬勝海には、犯行をメール送信したり、猫殺しをネット書き込み実況中継したり、連続して虐待用子猫を詐取し続けた数々の異常性がある・・・未だ犯人があげられていない世田谷の「中町・猫に劇薬ぶっかけ事件」も不気味な連続性を持っていた。
犯行が計画性を持ち、連続しながらエスカレーションの道を辿る・・・これらは全て病理であり、はっきりと病名がつく“病気”であり、医学的治療以外に解決の道はなく、刑法の中に“異常の線”を明確に引いて「教育刑」や「治療刑」を改めて新設すべき時代まで闇が物凄いスピードで突き進んでいると思うのだが。どうだろうか?

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彼らは・・・その時感じた・・・興奮、沸騰、体に伝わったその感触。その時嬉々として覚醒し広がった景色・空気への親睦感・・・、全ては脳の無意識が甘美に記憶し、それらを忘れることは決してない。その種の人間なのだ。

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