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2012年1月

2012年1月31日 (火)

+∞ 1月のお買物‘12 ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。  0℃~8℃

Run1230jpg                    + あ り が と う 

明けて1月そして冬本番へ身構えて」 ~広角に腕広げ

Snowmanjpg_2目黒区MNさん 愛媛県MKさん 港区MTさん 練馬区SHさん 港区KKさん 東久留米市HYさん 中野区YTさん 大阪市TAさん
ご寄付ありがとうございます。寒い中、そして忙しい生活の中、時間をさいて郵便局に足を運んで頂いて、心に想像するだけで感動しています。

この他に、港区のAさんからはボラ・バイト用の手作り弁当を定期的に。港区Yさんからは猫用フード保存容器と食器、そして缶詰湯せん用の便利な鍋。新宿区のSさんからはホッカイロを。近所のUさんからは若干のドライフードを提供して頂きました。
それぞれの皆さんのそれぞれの形の“参加”に感謝します。

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今は笑い話ですが、かつてこんな説教&抗議を受けたことがあります。
「お前たちは金のためにそういうことをしているんだろう!」「ポスターに寄付の項目を入れるのは反則だ。削除しろ。撤去しろ。ボランティアは無償(ただ)でするものだ。不正行為をしてるんじゃねーのか!」と、ほぼこういう内容でした。

しかし、残念ながら私たちは弱小グループ! 不正行為をするほどの潤沢な資金を集める能力は持っていません。毎日の保護活動を支えるために毎月自己資金で20万円を超えるお金がボンボン出てゆきます。不正行為をするためには20万円を超えるお金を集めなければ不正が不正として成り立ちません。

資本主義社会である以上、誰かが何かに参加するためには、必ず“お金”を介在させてアプローチするのが必然の機能システムなのです。猫にかすみを食べさせて暮らさせる訳にはいかず、猫たちが住む道路沿いに舞う枯葉が“黄金”や“コイン”や“紙幣”に自ら魔法のように化けてくれる訳でもありません。

協力してくれている人たちとのハンド・イン・ハンド、ある人はお金、ある人は手持ちの猫用食品、ある人は気付いたこと。・・・寄付が罪悪なら、私たちの活動も罪悪?
でも、それではこの社会は成り立ちを持ちません。社会の外側に捨てられた存在を皆で協力し合い「助けたい」と活動を続けているだけのこと。それが「いけない」と言うなら話はまた別項目のこと。ナンクセに耳がタコの時代も通り過ぎなければいけませんでした。

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はい。それでは今月の買い物です。

ドライフード:
ロイヤルカナン成猫用
10Kg×2 アイシア猫の王国2.3Kg×22 キャラットミックス3Kg×4 モンプチドライ700g×14 モンプチプチボックス300g×15 銀のスプーン1.1Kg×8 オーストラリア原料ドライフード20Kg
ウエットフード(缶詰は表示のないものは全て160g缶):
純缶×216 カルカン×81 魚正×54 フリスキー×108  モンプチ85g×153 カルカンレトルト70g×96

エキストラフード:
おやつ用かつお54本 嗜好品×6 生利×35本 鯖 鯵等の鮮魚

その他に+:トイレ用砂7ℓ×14 自転車修理費 ホッカイロ70個 マスク 軍手 ガムテープ 精製水4本・食器用洗剤・洗濯洗剤 ビニール袋
交通費 郵便切手・電話・メール等通信費 広報印刷物用紙・印刷代等
ボラバイトをしてくれた方には交通費と弁当・ホッカイロ・薄謝をお渡ししました。厳寒の時期、食欲低下した猫たちの食欲増進のために通常は使用していないフードを多用しましたため、費用がかさみました。

食品や用品の他に室内に保護している首に重傷の怪我を負った蘭の花や猫たちの医療費も保護活動費の中に計上されます。

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【ご協力を】 活動にはコストがかかります。気持だけでは活動を維持・継続していくことはできません。皆さまの“LOVEなご協力”を募っています。「猫の郵便」は丹念な活動が何よりもの身上にしているグループですので、何卒よろしくお願いします。
猫の郵便への活動支援は右サイドバーの「とらちゃん/リリタン猫孤児基金」へ。
福島原発退避地区犬猫救出活動へのご支援はお振り込みのお名前の前に「フクシマ」と入れて下さい。

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お願い】外で暮す猫たち、被災した動物たち、先が見えない災害の傷を負った動物たちの福祉活動の為に、ポチッとクリックよろしくお願いします。

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Sound_of_silencejpg                    + 最 後 の 一 枚 

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2012年1月30日 (月)

+∞ 1月の冷たい風に吹かれて‘12 ∞+

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Sailingjpg                    + 年 明 け の 空 

明けて1月 蘭の花大阪虐待事件の展開~‘12年

Jupiter_aurora_50大震災や原発大爆発で世の中鬱屈し、うつむきかげんに暮した年が明けて2012年。

初日の出の写真を撮ろうと朝の活動途中に颯爽と向った埠頭は、生憎の鉛色の雲が厚く垂れ込め。「ついてないな!」と、呟きで始まった新年の幕開けでした。
あれから時計はくるくる音もなく回り、何ともう一ヶ月の・・・時、風、活動。そして冷たい雪が空から降りて来て。

冬のきびしい風に吹かれ過ぎた“外猫たち”との30日間。「風に吹かれ」というよりは、風に吹き飛ばされないように這いつくばり流されないようにと、いつもながら精一杯の毎日でした。
明けて早々、去年暮れ首に重傷を負った「蘭の花」が里親候補先で上手く行かず出戻り、その日に大阪市政/維新の会による「罰金付きエサやり禁止条例案」を見聞き検討したのがほんの昨日の出来事のような。
・・・その間、冬の空気が日増しに冷たくなってゆくのをヒシヒシと感じながら・・・月が終盤にさしかかると、『川崎・子猫虐待死事件容疑者が詐欺罪で再逮捕』のニュースと『埼玉・千葉/通り魔事件の高校生が動物虐待容疑でも送検』の両ニュースに、ほぼ同時にぶち当たり激しく忌々しく、法の問題点やそれを包囲した良民たちの無気力・無関心風土に今更ながら改めて暗澹(あんたん)たる気持に襲われた年初めになりました。

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「動物は物」「物としての動物」「器物扱いで蔑まれる動物たちを包む時代・人々・社会が醸し出す・・・空気、態度、言葉」。これらを大転換・大変革、つまり大革命しない限り、動物たちの不幸は果てるともなく生み出され、動物保護活動は広大な底なし沼に僅か1カラットのダイヤモンドを探しエンドレスに繰り広げられる悲しいゲームのようで終りも光も見えて来ない。不毛の大地に種をまく悲哀だけがふくらんでゆくばかりだ。

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軽い虐待が日常化し、それを虐待だとは思わない麻痺した感覚の数々をさまざまな日常の切れ端や現場活動などで見せられるにつけ、「暗い世の中だなぁー/暗い人たちだなぁー!」と胸に秘めた思いを書いてみたのが『私的ドジョー改革シリーズ』でした。

『私的ドジョー改革シリーズ』に書いた内容は、「猫の郵便」のコアにいる人なら何の事前の会話もなく分かり合えることだけれど、これが世間一般には殆ど通用しない。

思いの核心を一言で言えば・・・「自分を変えずして手に取る黄金なし!」

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「100人の愚か者が選んだリーダーは、やはり愚か者であり。100人のずるい人間が選んだリーダーは、やはりずるい人間であり。100人の無責任な人が選んだリーダーは、やはり無責任である。」という佐藤優氏(紹介済み)の“問いのボール”が妙に意味深に胸の共鳴板に鳴り響き、ラケット・ボールの勢いで交差する冬の乾いた世の中を見ながら感じたまま綴った雑感なのでした。

慣れが一番良くない。慣れは時に人を傲慢にも怠惰にもする。

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Univjpg                   + 風 景 は ミ ラ ー 

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2012年1月29日 (日)

+∞ 虐待犯の刑~教育刑の加算を ∞+

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Pg                       + 残 雪 

呪いの時代Ⅴ 虐待犯にプラス教育刑を

Photo_310年前、東京・大田区の仲六郷児童公園周辺で起きた連続23匹猫虐待死事件は、「懲役6ヵ月、執行猶予3年」が言い渡され02年12月11日に結審した。

あれからワン・デケイド(10年間)、07年を挟んで2回目の動物愛護法の改正の年に、その後も繰り返される動物虐待事件をバックボーンに、あの事件/裁判が残した教訓は社会を良くするための何かの学びになっているのだろうか?

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10年前、「連続23匹猫虐殺事件」を裁いた東京地裁の大熊一之裁判官は、判決文の中で、『地域住民に言い知れぬ嫌悪感や不安感を抱かせた罪は重い』と被告に言い渡した。 結果はお決まりのように人間中心主義の考えをベースに導き出され、人間ドラマとして裁かれた。被告は情状酌量を得るために愛護団体やNPOに寄付のデモンストレーションまでした。
置き去りになったのは、無残な死をとげた23匹の猫たちの痛み、苦しみ、もがき、そして慟哭の悲しみである。 ・・・ えっ、地域住民への嫌悪感と不安感???
本当の被害が見捨てられ、もの言わぬ“器物”としての“沈黙の闇”が時代の窪みに残された、それのみである。

結審から10年の時が経ち、犯人は05年にすでに“自由の身”となり市民社会に消えていった。しかし、日本の法曹界は異常者への裁きをこのままにしておいて良いのだろうかと疑念がふつふつと沸いて来て止まらない。
快楽を目的とした“殺し”は、対象が例え動物であっても犯人の中の消えない“体”の体験として「指」「手」「目」「耳」「感覚/感触」に、そして何よりも「脳」にフラッシュ・バック感となり残り続けるだろう。・・・暴力を介在させた病的な「悦楽への誘惑」。
その犯人たちを何の教育的治療を施さないままに執行猶予の温情をつけ、野に市民として紛れさせる。とてつもなく危険なことだと思えるのだ。

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猫の首を切断して学校まで持ち歩いた埼玉の高校生の常軌を逸した行動/感覚・・・川崎市の子猫詐取虐殺の廣瀬勝海には、犯行をメール送信したり、猫殺しをネット書き込み実況中継したり、連続して虐待用子猫を詐取し続けた数々の異常性がある・・・未だ犯人があげられていない世田谷の「中町・猫に劇薬ぶっかけ事件」も不気味な連続性を持っていた。
犯行が計画性を持ち、連続しながらエスカレーションの道を辿る・・・これらは全て病理であり、はっきりと病名がつく“病気”であり、医学的治療以外に解決の道はなく、刑法の中に“異常の線”を明確に引いて「教育刑」や「治療刑」を改めて新設すべき時代まで闇が物凄いスピードで突き進んでいると思うのだが。どうだろうか?

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彼らは・・・その時感じた・・・興奮、沸騰、体に伝わったその感触。その時嬉々として覚醒し広がった景色・空気への親睦感・・・、全ては脳の無意識が甘美に記憶し、それらを忘れることは決してない。その種の人間なのだ。

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Photo             + 小 さ く て も 生 き て い る 命 

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2012年1月28日 (土)

+∞虐待犯の裁判~卑怯者のステージ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。1℃~7℃

Dinamicskyjpg      + ダ イ ナ ミ ッ ク な 転 換 を !  こ の 空 の よ う な 

【呪いの時代Ⅳ虐待男卑怯者のステージ】

Moon_light70_bjpg 動物を“物”として見る考えを心の素にして動物虐待は端を発し、法の裁きでも被害は“物”として扱われ終結する。「器物損壊」という言葉が全てを物語っている。
その意味ではボース・エンズ(両端)、同罪! ・・・無情の鐘が鳴り響く!

今から10年前の01年、02年。東京・大田区で起きた猫23匹連続虐殺事件は、そのおぞましさで凄惨を極めた。しかし裁判で出された結論は、「懲役6ヵ月、執行猶予3年」と軽いものだった。この国の法の上での動物たちの命の軽さを思い知らされた一件だった。

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犯人の名前は上原宏之(当時38歳)。職業は川崎市建設局職員。彼は01年7月から翌年9月に逮捕されるまで23匹の猫たちを次から次へ殺し続けた。
公判記録によると、上原は犯行当初は自らの手で猫たちをねじり殺していたようだが、手口は1年2ヵ月の間に序々にエスカレートしていった。立証された2つを例に挙げれば、奴は大田区内の公園で捕まえた猫を窒息死させ手足の関節を逆方向に折り曲げ、民家の軒先に吊るしたという。

もう一つのは、前出した事件の5日後、猫に粘着テープをグルグル巻きに巻き付け約一週間に渡って車後部座席に閉じ込め、水も食べ物も与えず放置し衰弱してゆく様子を見ていたという・・・そして死んだ猫を小学校の校庭に打ち捨てた。餓死させた猫の遺体には「国民のアイドル タマちゃん」などとペンでイタズラ書きまでし、その異常性に言葉を失う。まさに劇場型犯罪、快楽マーダー!

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犯行動機は、「2~3ヵ月は公園でエサを上げ可愛がっていたが、自分が職場でやさしく声をかけてもらえない状態を思い、かっとなっていじめてしまった。スカッとはしなかったが、やめることはできなかった」と法廷で供述し、「世間をお騒がせして申しわけない」と結んでいる。「かっ」となること23回・・・。おいおい、嘘だろう! 車の後部座席でもがき苦しんで死んでゆく猫を7日×24時間の間「かぁーっ」としっ放しで眺めていたのか? これは、この手の犯人に特有の自己保存・・・“自分の楽しみ”をマスキング、覆い隠すためのお決まりの定番台詞。言い訳にもならない。

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本来なら、命を物として扱った“裁きの場”であるべき法廷なのに、現行法ではそれが出来ない。殺された猫たちの命が“器物”である以上そこから先に法の拘束上突っ込んでゆけない。

公判で裁判長は、検察側が証拠として提出した“みんなの嘆願書”を、『全部読まなければ意味がない』と受取り拒否したと残っているが、職務怠慢にも程がある。官職独特のチョー上から目線“やっつけ仕事”、ミスなく卒なく・・・それがキャリア評価の分れ道、御身大事の悲しい性(さが)と言うしかない。

結局、法廷では殺された23匹のうちの2匹しか立証せず、2匹を殺したことへの法の適用での判決になった。  ・・・・・・  「懲役6ヵ月、執行猶予3年」
当時の法の下では、「動物虐待」の最高刑は一年だった。
裁判所が判決理由に、犯人上原のボランティア団体などへの寄付を“反省の行為”と汲み入れた。でも、「世間をお騒がせして申しわけない」というふざけた戯言にこそ彼の本性を見抜くべきだったのではありませんか、裁判長閣下様!
苦しみの中で死んでいった命への侘びも命を殺(あや)めた気おくれの態も何一つないまま、式次第どおりに“式”を進行させ、ところてん方式無感動に出される裁判結果!

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んー。だけど、悲しいかな、今の法制度では、1年2ヵ月の長きに渡って継続した命への冒涜の“異常性”をリサーチするようにはなっていない。動物たちが法的に“物”の扱いを受けている限り、喜劇のような裁判劇が続いてゆくのか。
そして、量刑すら司法慣習の中で“相場化”し馴れ合っている現状に暗澹(あんたん)たる未来を垣間見るだけで・・・何も出来ず「歯ぎしりだけが我が人生なのか」と。

来月に入ると、2月15日に去年11月に逮捕された「川崎市・子猫虐待死事件」の廣瀬勝海の裁判が開始されるが、果たして司法は今回どんな答えに導くのか? 10年前の判決から何が変化し、何が変わらないままなのか、進化orNOTの視点で見つめてゆこう、今そう考えている。

無駄だと内心思うことがあっても、虐待で死んでいった猫たちへの哀悼の意として署名サイトにて一筆お願いします。

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Goodluck    + い つ か こ の 子 の 虐 待 の ス ト ー リ ー を 伝 え た い 

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2012年1月27日 (金)

+∞ 虐待犯 んー、男らしくない ∞+

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After_the_snow                  + 凍 り つ い た 朝 

呪いの時代Ⅲ虐待 んー男らしくない

Jpg_2友だちが地域猫活動している場所で、ある日唐突に、健康な猫が姿を消すという話を聞いた。友だちは周囲の了解をとりつけて活動している。にもかかわらず、猫の飲み水に誰かがオシッコをかけたり、赤ラッカーを入れたり、個人宅の脇に承知してもらって置いている猫ハウスを踏みつけたり、持ち去ったり、猫が消える事件と何か関係があるのだろうか? 彼女は不安がっている。

埼玉・千葉の通り魔事件であげられた17歳の高校生が殺した猫2匹も、多分誰かに世話になって生きていたのだろうが、ある日突然に世話している猫が影も形もなくなって、まさか誰かの手にかかって死んでいったと知ったら悲しくていたたまれない気持でいるだろう。・・・察するにあまりある。胸が痛む。

Mas3

凶悪な動物虐待事件を見聞きするたびに、毎回決まって一等最初に念頭を駆け抜けるのは、「男のくせに」と言う犯人に対する怒りであり、率直な印象だ。
男のくせに自分の体の十何分の一の猫を追い回し、残虐の限りを尽くし死に至らしめる。犯人たちは皆「かーっとなって」と取り繕うが、連続動物虐待事件が“出会い頭”に起きるなど先ずありえない。何故ならば、虐待用の動物(猫)を手なづけたり、確保しなければいけないからだ。

下見・道具・時間帯の考慮など用意周到な準備をし、そして決行する。
虐待犯の多くが後になって常套句のように言い訳に使うのは、「ストレスがあった」だの、「人間社会の害悪だ」だの・・・、中には「人と動物のどっちが大事だと思っているんだ」などと開き直りの例もある。ヤワな生き方に脆弱な精神、本当に胸糞が悪くなる。

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大の男が小さな猫を殺め粋がる。そして、殺しの後の征服感に肩で風切り威風堂々、雄雄しい気持に満ち足りる。でも、そういうのを男らしさとは言わない。・・・男らしくない。男子の風上にも置けないことだ。
猫ボラたちは皆、里親探しや地域猫活動を通し、少しでも野良猫問題が良い方向に向うように悪戦苦闘している。にもかかわらず、挑戦するかのような凶暴さで横からこそこそ割り込んで来て、猫たちを虐待目的で強奪してゆく。
・・・猫ボラの必死の社会貢献を踏みにじり、あざ笑い、良心の呵責もなく憂さ晴らしに“殺し”を楽しむ・・・そういう奴らを“人間のクズ”というのだ。

体力・知力に優れた格好いい男は、小さな命を踏みつけにして悦に入るような、そういう不埒なことに身をやつしたりはしない。

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Sleeping                      + 冬 眠 

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2012年1月26日 (木)

+∞ 時代・人・社会~冷めたタイ焼き ∞+

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Mimi460jpg                    + 人 は こ わ い 

呪いの時代Ⅱ 時代社会冷めたタイ焼き

Pipo_3(つづき)少年にかけられた容疑の一つの“器物損壊”という言葉が何とも悲しすぎる。

動物たちを惨殺して“器物損壊”! 日本の法律では生物が“器物”と言い換えられる。私たち人間と生命原理が何一つ変わらない生物への暴力行為が“器物”の“損壊”!

これが俗に言われている「永田町文学」と言うものだ。永田町・法のマジック! ここに。これでは実際に犯した罪の重大さが一般市民レベルまで伝わってゆきようがない。それに上書きするように、マスコミ・メディアの方も動物虐待事件を扱う場合は、「イタズラ」と言う表現に終始している。歯がゆい思いであり、この国の倫理観の後進性を表す特筆すべき顕著なサンプルだろう。

Mas3

最初は猫殺し・・・やがて重大犯罪にエスカレートして行った神戸の酒鬼薔薇聖斗事件、02年川崎市23匹猫惨殺事件の公務員、そして今回の二つの動物虐待事件簿の廣瀬勝海と埼玉の高校生、彼らははっきり言って殺しで快楽を得る“異常者”である。異常者が市民社会に埋もれて生きていた。しかし、いずれの犯人の場合も予兆はあり、回りはそれを見聞きし知っていた。
知っていたにもかかわらず・・・にもかかわらず・・・回りはそれを見過ごした。・・・見逃した。「変わった奴」と遠巻きにしたのか、「たかが猫」程度の認識だったのか? 何に対しても無関心の裾野が彼らを思う存分に“踊らせちゃった”のです。
これは彼ら犯人たちの個人犯罪であるばかりではなく、社会にも“罪”があると言うほかありません。

埼玉の高校生の犯行は“自宅”で決行。そして彼は殺した猫の首を切断し、クラスメートに見せびらかしている。親・クラスメート・教師と透明人間のようにすり抜け、犯行への野望は増殖していった。逮捕後、学校教師は「普通のおとなしい生徒だった」と言い逃れ、切断された首から上の猫のむごたらしい姿を見て受け流したクラスメートたちの無機質さ、その感覚、社会的非常識。
一方、川崎の廣瀬の方は、元妻が猫をもらい受ける際に身分保障している。離婚後の単身者が10匹以上の子猫たちを次から次へ事も無げに子猫の保護者たちから詐取できた奇怪さとルーズさ。
双方ともにどの網の目にもひっかからなかった。

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何事にも無関心。何が起きようが横目で「フーン」とテレビ・ニュースをほんの少し一瞥し、また手元の暮らしに勤(いそ)しむ。こういう社会になってしまった。
いくら法を格上げしたところで社会環境/民度の水位がレベルアップしてゆかない限り、法は何の役にも立たない。
去年夏、大阪で幼児2人が置き去り餓死死体で発見された時にも、やはり周囲の無関心と地元児童相談所のニヒリズム(大事には至らないだろうという願望による怠慢)があった。

今回の川崎・埼玉の2人の容疑者は突発性を装っているが、各社報道を合わせ読むと十分に計画性が読み取れる。つまり、実行に至るまで誰か一人でも“異常”に気付き、警察が「たかが動物」と予見・偏見で受け流さないで・・・まともに対応するマインドとシステムが備われば犯行を小さく押さえ込めると思うのだが、どうだろうか?

今の時代を包む空気感、人、社会・・・これらを何かに例えるならば“冷めたタイ焼き”、シッポに無味乾燥の余韻が付いてくる。アンには“無関心”という乾燥剤がぎっしり詰まっている。・・・えっ、アンは欲望と衝動と自分だけ好ければいい自己中エゴイズムだって? はい、それもあります。

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Jpg   + 捨 て 猫  活 動 放 棄 も 虐 待 だ ぁー   芝 エ ン マ 堂 よ り 

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2012年1月25日 (水)

+∞ 虐待犯W、種の起源が違うのか ∞+

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Univjpg     + 苔 む す 岩 、  水 の ぞ く 宇 宙 ~ 映 る 顔 は 悪 魔 か 天 使 か 

呪いの時代 虐待犯W種の起源が違うのか

Jpg理由(わけ)あって始めたブログだった。それでももう少し牧歌的な“事の運び”になるとと思っていた。だけど、どうやらその考えは甘かったようだ。
取り巻く状況が外壁を乗り越え、プライベートに、パブリックに、事件や必須課題(愛護法改正など)を従え次々と荒波のように連なり押し寄せ、猶予を与えてくれない。

自分の足元だけを照らし確実に目的地にたどり着けるなら、黙してもいようが。
だが、こと動物の問題に関しては、どうしても動物たちの不幸を作り出している原因、社会環境に目をそむけては前に進んでゆけない。
動物たちの不幸が“日常茶飯事”に生み出されている理不尽な“社会環境”があるのだ。

手元の猫たちを助けたければ、必然的に取り巻くこの社会全体の空気を無視するわけにはゆかない。見捨てられた犬猫たちの問題は、手元から東京へ、東京から日本全国へ痛々しい広がりを持ち、自分が身近に接している猫たちさえ良ければ、それで済ませる・・・外で何があっても関係ないという態度はとれない。

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それは、先ず24日の夜、外回り活動途中の中休み立ち寄りで、AuOneトップニュースで『川崎市・子猫虐待死事件/容疑者・廣瀬勝海の詐欺罪の疑いによる再逮捕』記事の発見。そして、次に間髪入れず明けて25日、Yahooトピックスで去年暮れ千葉県松戸市と埼玉県三郷市の通り魔事件で逮捕された当時16歳の少年の「動物虐待」余罪ニュース。・・・少年が自宅で猫2匹を惨殺した疑いで『動物愛護法違反・器物損壊・銃刀法違反で追送検』とあり・・・二つの事件に再度立ち止まってみた。

二つの事件は去年ネットで見聞きしインプット済みだが、念のため復習し再び脳天に激しい怒りの稲妻が走った。2人を“フクシマ第一原発4号機付け重労働/廃炉までの刑”に処して欲しいと真剣に思った。諸手続きを踏んで裁判をやったところで、猫殺しについては結局、執行猶予が付き重い罪には問われないだろう。この国の“ゆるい法”の悲しい現実が透けて見えて来た。

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各社オンライン報道でふり返ってみると、今は17歳になった少年の方は自宅で2匹の猫を虐殺・・・手口は小動物捕獲用ケージを仕掛けたり、素手でシッポをつかんだりして猫2匹を捕獲し、一匹は千枚通しで刺した上、ケージごと土に生き埋めにし、もう一匹は地面に叩きつけた上、金槌で数回殴打し殺害したと言う。殺害した猫の首を切断しクラスメートに見せていたという証言も同時に出ている。
動機は「猫が自宅敷地で用を足すのに腹が立ち、虫を殺すような遊び感覚でやった」とさ(ウソつけ!)。

一方、虐待目的を隠して猫を次から次に引き取り詐欺罪にも問われ再逮捕された川崎の広瀬勝海の方は、譲り受けた子猫を翌日には早速、川に投げ捨て殺したと言う。言い訳は、「床を汚して頭に来てカーッとなってやった」だとさ。ウソつけ、この野郎。
アレ? じゃー、その同じ口で「ストレス発散のため、虐待できる猫が欲しかった」って供述しているのは一体何で? “虐待目的”と“頭に来てカーッと”が矛盾するじゃねぇーか! 何でも某巨大サイトで殺しの実況中継モドキまでやったそうじゃねぇーか!

暴力の言い訳は、DVにしろ、幼児虐待にしろ、ホームレス殺害にしろ、動物虐待にしろ、いつも洩れなくほぼ皆が殺した相手に原因をなすりつける。「お前に悪いところがあった」「躾のためにやった」「社会の害悪だったから」
度を超した暴力衝動の裏側には、暗い鬱屈した性衝動や性の問題が隠されていることにこの国の専門家たちはあまりにも疎(うと)過ぎる。暗い“性”の深層心理が奥底で止みがたい衝動の根となり出口を求め爆発する・・・一旦爆発したら脳が快楽を記憶し連続性を持ったり、エスカレートの道を辿る。これは以前にも当ブログで述べた。

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嗚呼! 時代はまさに「呪いの時代」・・・圧倒的に弱いものをいたぶるだけ痛めつけ、そして秘めたる歪んだ快楽を得る。02年に同じ川崎で起きた23匹連続猫惨殺事件の犯人も「ストレス解消のためだった」と供述を残しているが、幼児虐待死事件や動物惨殺事件で無残な死を遂げた小さな命の痛みを思うたびに、胸に行き来するのは、「どうしてこういう人間が出来上がって来るんだろう? どうしてこういう人間をうやむやに許してしまうんだろう?」ということ。
そして、「どうして国の偉い人は、こうした事件に、社会を守るため、真っ向勝負のメスを入れないんだろう?」ということに尽きる。
これら双方への深い憂愁は、「“種の起源”が違うんじゃないのか!」と、絶望の極地まで来ているのだ。

少年にかけられた容疑の一つの“器物損壊”という言葉が何とも悲しすぎる。(つづく)

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Not_rabbitsjpg              + ネ コ 科 ウ サ ギ の 佇 み 

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2012年1月24日 (火)

+∞ 猫の目に映る寒さ ~雪の約束 ∞+

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Eyes                +  猫 の 目 に 映る 寒 さ 

猫の目に映るきびしい冬の寒さ 雪の約束

Snowman65jpg昨日のブログ更新は降雪にそなえ休みました。

天気予報や活動中の伝聞で夜の9時過ぎから「雪」になると聞いていた。・・・が、「本当に降るのかな?」と半信半疑。しかし、雪が降りはじまると気温が一気に急転直下の急降下。22時が0.7℃、23時が0.8℃。

わずか3分の移動で・・・たどり着いた先は・・・そこはもう真っ白な「雪の世界」だった。
今回の雪は、降りはじめが物凄くって、「あっ」という間に3センチ(?)ほど降り積もってしまっていた。

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雪が王様のしんしんとした夜・・・
二重にした猫食器の下の器に、前もって暖めておいた園芸用の白い小石を敷き入れ食べ物が凍結しないように策を練り、ウェットフードは体温程度に缶のまま湯せんで温め持参し(電子レンジは邪道)、足元には新聞紙を置き手足が凍えないように。毎年のことだけれど、出来るのはこれらに一つ二つのエッセンスを加えるくらいだろうか?
冬対策の“晴天のへきれき”のビッグ・アイデアでも発案出来ればといつも思うが、天然自然に太刀打ちするのは究極のむずかしさ。
結局のところ、毎日の活動をただひたすらまじめにやることのみのようだ。

「雪降りでどうなのかな?」と心配しながらの出動。それでも雪降る中、猫たちは約束の時間に果敢に、そして健気(けなげ)な姿で物陰に隠れ待っていました。
いつもの時刻、いつもの場所に決して約束を破らずに会いに行けば、猫たちはそれを学習し、信頼関係が次第に生まれるのです。

心配していた食欲の方は、「寒さが厳し過ぎて、体ブルブル、顎ガクガクでダメかな?」と不安視していた。けれど、予想とは裏腹に残量を見れば杞憂に終わったようだ。
雨の日、雪の日、嵐の日の活動こそが大事なのです。毎日切れ目なく、そばにいることを知らせてあげること。ただ坦々と、黙々と、先走りの成果を期待せずに。

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翌朝、路面は人の足型や自転車の車輪痕のままに凸凹に凍結し、ペダルの一漕ぎごとにバリバリガチガチと氷の轍に車輪をとられ、まるでベリー・スモール・スモール・モーグル&スラローム障害物走行の様相を呈し、誰かが見ていたら相当にカッコ悪く滑稽に映ったかもしれない。真剣であればあるほど人間って滑稽な生き物だから。

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Dscn4623              + 去 年 の 雪  東 京 で 

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2012年1月22日 (日)

+∞キャッツアイ~猫に言い訳は利かない∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。  4℃~8℃

Cateye1jpg                  + キ ャ ッ ツ ア イ 

キャッツアイ 猫に言い訳は利かない

Jpg_2「猫の郵便」ブログは必ず天気と気温の表示から始まります。活動が空・雨・風・雪・気温・湿度・台風・時間と言った天然の現象と切っても切れない密接な関係にあり、新年に入ってからは右サイドバーに使い勝手が好いようにYahoo天気予報をビルトインしました。

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空模様を無視しての活動は考えられず、春夏秋冬一年中、空眺め雲ゆき次第の日々なのです。海の職業、土の職業、アウトドアの職業、猫の保護活動の中でもTNRなどは、悪天候の日は回避する方法でしのげるけれど、外猫の保護活動は雨風や暑さ寒さが引き起こす悪条件にどうやって対処し立ち向かい突っ込んでゆくのかが生命線であり、命であり、腕と忍耐の見せ所。

気持の強さが外で生きる猫たちとの距離を縮め、気持の弱さがその距離を遠ざける。

専門家を自称する人の中には「雨の日はやらなくてもいい」と指導する人がいる。
だが、「猫の郵便」の過去データに基づけば気象条件が厳しいほど“猫弁当”は売れ行き好調の率の高さを示し、要はきちんと対策がとれた活動をしているか否か、ただそれだけのこと。悪天候の時こそしっかりした活動が必要であり、大事なのです。
猫に手前勝手な言い訳は利かない。

外気に熱奪われる寒い日に、消耗が激しい雨の日に、“エネルギー供給隊”が出動しないで、どうするの!!!

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冬になり寒さがグングングンと押し寄せて来たら、それと足並みを揃えるように「路上撒き散らしオバサン」や「キャット缶置き去りオジサン」は激減している。つまり、自分の都合で所かまわずモラルかまわず猫たちに近づき、自分の都合で離れ去ってゆく。
人間なんて ル ル ル ラ ラ ラ ・ ・ ・

通って来た足跡をふり返れば、人の心の無情を見ながらの活動であり、気ままな空の無情を見ながら積み重ねて来た日々なのです。やらなかった言い訳だけはしなかった。今のところ心に宿す曇りなし・・・Till the end!

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Jpg               + 天 気 に も て あ そ ば れ 

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2012年1月21日 (土)

+∞ それぞれの時間宝石 ~冬物語 ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。 3℃~3℃

1          + ホ シ ガ メ “ ホ シ ” く ん  天 翔 け る 日 

それぞれの時間宝石 冬物語

Jupiter_aurora_50車の中から外気にふれずして、水のある風景を見下ろすと、目視だけで外吹く風の表情が分かる。下の写真にあるように、水は風と光の姿をありのままに映し出す反射鏡、立体の鏡。姿・形のない光や風が水の性質を借り、その姿を露わに映し出している。
風が強くなるほどに“水の紋”は細かく切り刻まれたカットになり、水は吹く風になすがままに混沌と入り乱れ光に眩しく乱反射する。

冷たく凍てつくこの季節。風激しく吹きすさぶ日は、光を受けた水面が幾千のナイフの輝きを持ち、太陽の角度に沿い刻々と時間宝石を刻み変化(へんげ)してゆく。

Nas1ec_2

1月21日は寒い一日になりました。気温は終日3℃台に停滞し、ポツリポツリと降り続く雨が人の引いた週末のビジネス街を冷たく濡らし、廃墟の街を思わせる「見捨てられ感」彷彿とさせるものがありました。
光り輝く街が、突然に、ふんぷんと場末感ただよう街に身をすりかえる。
雑然と行き交うウィークデイを表の顔とすれば、これは街の裏の顔であり、宿命の背中。
そして、この「うら寂しさ」を真冬に涼しげに楽しんでいる自分がいる。
一般的ではないこの感覚、これを自己流に“第四・第五以降”の感覚と呼んでいる。光や風が水に素顔をのぞき込むように。

きっとそれは、たぶん、殺風景な町並に自分の心を映し出し奥底に低通しシンクロする何かを見、嗅覚し、感じているから・・・。
人には見えない、人には聞えない、第三の目や第三の耳が算出するもの・・・それらが自分の感受性を醸成し曳航しここまで生きて来た、そう自分自身を分析している。・・・だから、人と違ってしまったのかな? 当然と言えば当然の“報い”だけれど。
・・・こんな奴と似た感覚の持ち主が1月17日記事で紹介したホシガメの“ホシくん”の親分です。ベスト・フレンドです。

記事を読んだ人の中には、タイトルも内容も『いつもの「猫の郵便」にありがちな・・・』と舌打ちする人がいると思うけれど、そして「ほら、キター! “夢見がちなポエマー”!」と解釈する向きも知っているけれど、あれはホシガメ“ホシくん”の親分さんが言った通りに言葉を辿って編んでいったに過ぎません。ホシガメとの11年の歳月の中に「夢と永遠と時間宝石」を見ていた彼女。世間とは一線を画する固有感性の持ち主だからこそ友だちの糸をつないでゆけるのです。

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ぼくの1月21日。“ホシくん”の親分の1月21日。それぞれの1月21日。雨降りの土曜日・・・。1月21日は、“ホシくん”とホシくん親分にとって大切な一日でした。
“ホシくん”お見送りの日。天翔けて旅立った日。「猫の郵便」の猫たちが旅立った同じ所から。
後日、彼女から可愛い報告メールがあり、「桜咲くころには土に帰してやりたい」としたためてありました。

一方、同じ日に「猫の郵便」ゴールドメンバーの方から迷い猫の相談。「どうやら、その猫はお腹が大きいようです!」と。・・・メールのやり取りの後に彼女は、「・・・兎に角、何とか捕まえてみます!」と。そこには、これ以上不幸な猫たちを増やす訳にはいかないという強く明確な意志が感じられました。

同じ時間、違った場所、それぞれの人が、それぞれの違った“心の宝石”を抱え、時間を刻み、時間を編んで、アナザー・スモール・ワールドが回っている。

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Jpg         + 風 と 光 の リ フ レ ク ス   強 風 を 映 す 水 

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2012年1月20日 (金)

+∞ 初雪 IN 東京 ∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。  2℃~4℃

648pxsnowflake__microphotograph_by_                    + 雪 の 結 晶 

心配するなら外暮らしの猫たちのことを

Jpg東京は、1月20日未明に初雪を観測した。朝の活動の合間にYahooトピックスで知った。午前3時過ぎに活動の帰り道に降る雨が視界の中で軽くなり、「みぞれかな?」と感じてはいたが、ネットニュースで“初雪”と知り「あれが雪?」と首を傾げ、さしたる実感は湧かなかった。観測上の雪だろう。しかし・・・
寒かった。外暮らしの猫たちが不憫だった。切なく思った。体温が高い猫が厳しい冬を生きぬくのは本当に厳しく、無言で耐える姿が涙を誘う。

寒さの中での活動を心配し、“励まし”メールを送ってくれる人がいるが、心配するなら外暮らしの猫たちのことを気にかけてやって下さい。人間は服やカイロでどうにでも対策を取ればいい。だが、猫たちは一度ペットの枠からはじき出されたら吹きさらしの荒野が待っているだけ。自分たちが守ってやらなければ、死を待つだけの身の上。
誇りを持ってやっている活動なので、寒さぐらいではへこたれない、耐えられるのです。

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忙しさ。睡眠不足。肉体的ハードさ。でも、「きっと、来てくれる」と信じて待つ猫たちの健気さを思えば、裏切ることやいいかげんなことは到底出来ない。それをしてしまったら、人間失格・・・人間の恥。・・・恥ずかしい人間としてふてぶてしく開き直って生きるのは比べるものがないくらいに何よりもつらく、自分の破綻を意味するから、それはしない。彼ら動物たちを自分の大切な体の一部だと思い、宮沢賢治の“あなたは私”の思想に習い、活動を支えるエネルギーに転換している。

強いて何がつらいか問われれば、暑さ寒さなどの気象条件ではなく、忙しくて勉強する時間が全々取れないこと。脳みそがツルツルになってゆくのを心配している。
新しい勉強をしない古臭い人間、或いは人生半ば思考ストップ偏屈人間。
・・・これでも子供の頃は勉強が好きだったし、楽しかったし、出来た。遊びよりも勉強の方にワクワクした気持や好奇心を感じていた子供だった。「三次関数・因数分解、ドーンと来いのガキだった」、そう言うと大袈裟/見栄っぱりに聞こえるかもしれないが、今は本を一ページ開く時間のゆとりが深刻にない。
んー、困った。さぁー、どうしよう。何とかしなくちゃ。

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Snowcat2jpg       + 去 年 雪 の 日 に ト ラ ち ゃ ん の 死 を 知 っ た 

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2012年1月18日 (水)

+∞荒野の私的ドジョー改革Ⅲ~類は友を∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。  2℃~9℃

Photo             + 類 は 友 を  ま ほ う の ラ ン プ

荒野の私的ドジョー改革Ⅲ 類は友を呼ぶ

Jpg_2『今夜も、美味しいごはんありがとうございます。・・』 Gocha! んー、類は友を呼ぶ。

この引用は「猫の郵便」に常日頃数多くのメールを寄せてくれる練馬在住のSQさんのいつもの書き出しです。
エサではなく“ごはん”、猫のごはん。彼女はメールをくれた当初から表現はこうでした。
こちらから“お願い”をしてそうして頂いているのではなく、彼女からのメールには一度たりとも“エサ”という言葉が使われたことは先ずありません。一年に及ぶ期間ずうっと坦々と変わらずにだから、彼女がメールの中で“エサ”ではなく“ごはん”と呼ぶのは、日常生活から無理なく出てくる自然な言葉使いなのでしょう。

猫とウサギ、そして障害を持った犬と暮す彼女の毎日。日々の生活の中で、動物たちに相対(あいたい)する態度がそのままメール文面に流れ表わされる。
動物たちとの水平な関係。決して下に見下さない水平な姿勢、そしてその眼差し。
別に犬や猫に米の“ご飯”を与えているから“ごはん”なのではなく、「動物が食事する事」と「人間が食事をする事」を“命をつなぐ”行為として彼女の中では“水平で並立”な世界観が備わり出来ているのだと思う。・・・素晴らしい。

Mas3

自分の経験・体験をふり返ってみてもそうです。例えば、外で仕事や友だちと会合している時に、保護猫の“飯時”や外猫の保護活動の“時間”が迫り退席しなければならないエクスキューズに、「エサやりの時間だから・・・」とか「エサやりがあるから、では失礼」などという“言い方”はしたことがない。

対面する内外の猫たちに向っても同じく「エサの時間だ。ほら、食え。エサだ!」と、そういう不遜な態度×言葉では間違っても接していない。・・・上品ぶっている訳ではない。気取っている訳でもない。目の前の光景と水平な関係でいたいだけでそうしている。そうして来た。その方が気持晴れ晴れと見通し良く楽だからだ。

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水平の関係。サイドバイサイドの歩み。この感覚、この心情を良く察し理解していてくれているのが、東京の東久留米市に住むHYさん。
彼女のメールを読むと、彼女が丁寧にブログを読んでくれているのが手に取るように分かる。文面からそれがヒシヒシと伝わって来る。HYさんのメールにも練馬のSQさんと同じく、“エサ場”とか“エサやりさん”などの言葉は見当たらず、外で暮す猫たちや私たちの活動への優しいタッチ・眼差しがあふれている。言葉選びが素敵なのです。

HYさんの凄いところは、この「私的ドジョー改革」シリーズを始めるかなり前の段階で既に、ブログの言わんとすることや言外に含ませておいたニュアンスを察知し、こちらが嫌がる言葉や言い回しを決して使わない。HYさんは静々とした美しい文脈を作る人だけれど、“言葉はゆく手を照らす輝き”・・・そこのところを“何ちゅーうか”彼女は身体感覚でピタッとキャッチしている。その嗅覚、そのセンス、まさしく“キャット・ピープル”!
ジワリと「いい人だなぁー!」と心底思う。

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類は友を呼ぶ。サイドバイサイドで並んで歩いてゆく。・・・まっすぐ平らな見交わし。
従い従わせる関係ではない世界。
「誰が上で誰が下、どちらが下でどちらが上」ではない平明な世界観、感覚世界。
旧態依然の上下感覚では先々、不幸を手招き・・・先ゆきが見えないから、主従の関係で善悪を決する価値観からはもう1ミリでも一刻でも早く脱け出して、平たく透明な気持で目の前に広がる世界を見つめてゆきたい。犬猫馬鹿(いぬねこうましか)並み
と軽蔑されても何のその! SO WHAT? ガッチャ!

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Bt2_050         + 出 合 っ て し ま っ た 運 命  星 キ ラ ラ 

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2012年1月17日 (火)

+∞ 「夢と永遠と時間」の見送りに ∞+

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481pxwhirpool_galaxy_2Rtutakin_e_2         + 死 ぬ っ て た ぶ ん こ う い う こ と ( 花 銀 河 )

【「夢と永遠と時間の見送りに

Moon_light70jpg「1月15日0時でした。一緒に暮らして来た亀が死んでしまい」と友人から報せがあり。

冬の棘連なる剣山の峰、乗り切れず、天翔けてホシガメの“ホシ”くんは11年の命で。

えっ“亀が死んだ話なんてつまらない”って。そう言うあなたのそうゆう所がガサツな証。

Mas3

果物、レタス、トマトが大好きだったホシくん。「私の歩く宝石でした」と語る彼女の瞳。

神秘的な亀いる風景、傍らに添い暮すことが彼女の小さな頃からの憧れだったと言う。

甲羅の柄が星の模様なので、“ホシガメ”。世間では別称スターズと呼ばれていると。

高さある石のような甲羅には星々が降り、指でノックすると“夢と永遠”が聞えていたと。

夢・永遠・時間宝石たちが背中甲羅で幻のよう交錯し、流れ去りし星のワン・デケイド。

温かく見送って上げたいと、陸ガメの“ホシ”くんがはじめて泳ぐ時、それは天の彼方。

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「自慢の友だちでした。暖かくなる頃には遺灰を土に帰してやろう」、そう物思う冬の日。

少し彼女の内面の何か見たような。葬送の相談でした。見送る胸の内の優しさでした。

泳げなかった陸ガメの“ホシ”くん、宙に水を得て泳ぎ渡る、心の目で追う優しさでした。

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Stars               + ほ ん と に 宝 石 の よ う だ 

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2012年1月16日 (月)

+∞荒野の光陰~私的ドジョー改革Ⅱ∞+

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Sound_of_silence4jpg       + 木 の 葉 っ ぱ  言 の 葉 っ ば  そ し て  沈 黙 の 冬 

荒野の私的ドジョー改革 エサやりさんと呼ばれて

Jpg(前日の続き) つまり、それは天からも人からも見捨てられ生きる猫たちの麓(ふもと)にまで、心・体を低く低く下ろしてゆくプロセスをたどり。

つまり、それは日々の活動の中で、日常、何気なく使い使われている言葉や無意識下に潜り込んだ態度、動物たちに接する態度の自己点検を通して。

下に下に這いつくばり、低く低く降りて行った先々、すり鉢の底から見上げた世間は!

Nas1ec

「お前、下に見下す言葉を使いながら相手を助けている気になっているのか? なら、それを偽善、偽善者と言うのだ!」 これはいつも胸に響かせている内心の声である。

使う言葉が態度を作り、相手(動物も含む)に伝わり、社会に伝わり、一周して自分たちの頭上・足元に返って来る。そして土壌が作られている。麓の言葉を自分の手元からまず変えてゆかなければ、この先何も変わってゆかない。そう思った。

アメリカの言葉改革がそう。日本でも老人介護や障害者の問題から「ボケ老人」とか「痴呆症」とか「片輪」とか「知恵おくれ」という言葉が表立った表現から消え、新しい言葉に置き換えられた。

言葉自体に差別的な手垢がついた汚さがあり、見下しの蔑みに満ちた言葉の数々を抱いていたのでは、人の心に変革を促すことは出来ない。問題解決を必要とする土壌改革は出来ない。侮蔑する石や差別心を掻き立てる悪い根っこを取り去り地ならしし、はじめて“実り”がやって来る。

悪い土壌には花は咲かない。実りは来ない。貶(おとし)める感情の手垢がこびりついた言葉に「~さん」とか「~さま」と敬称をつけたところで、“蔑み”のマスキングにはならない。焼け石に水だ。
とかく、何にでも「さん」をつける、時に悪い習慣。思考停止を誘う“悪い癖”のリサイクルは自分はやらないことにしている。差別用語に敬称をつけたところで空しくなるだけだ。・・・クロンボさん、知障さん、片輪さん、あいの子さん・・・・、ほら変でしょ!

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日々一日通算6時間の外回りの活動をしていると、耳を塞いでいてもあっちこっちから色んな言葉が飛び込んでくる。
「あ、エサやりか!」「エサやるから懐いてるんだ!」「餌付けしてるんですか?」「エサやりなんかしてさ、お前の頭は猫なみだな!」「淋しいからエサやりしてるんでしょ!」「エサやりさん、何でそんなことしてんの?」などなど、あり余る。ひどい奴になると侮辱目的だろうが、「毛皮をとるために餌付けしてるの?」なんていう減らず口を利く。
“GOSH!”なのである。

エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ、エサ・・・、こうして「猫の郵便」は、“エサ”という言葉を廃止にした。死語にした。「エサやりさん」と呼ばれて・・・、例え「~さん」づけでも好い気はしない。気持良いものではない。
自分たちの活動は、給食、TNR、交渉&広報、そして病気や怪我をした猫たちの保護引取りが連なって三位一体・四位一体の輪を作り、織り成している。点だけを見て、見下しの上から目線を向けられる言われはない。今では「エサ」と聞いただけでカチンと不愉快バロメータが天まで上がり、振り切れそうになる。

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千代田区保健所の冊子パンフレットには、“エサ”とか“エサやり”とか“餌付け”という文言はどこにも存在しない。一方、横浜市や大阪市の改悪を目指した動物条例改正の動きには文書中「エサ」や「エサやり」などの文言が当たり前に踊っていた。この違いは何を指し示しているのか?! 面白い!
恐らく、問題に向き合うサブジェクトへの立ち位置・姿勢・考え・態度の相違なのだろう。

自称・猫ボラも、その反対者も、行政の係りの人も、行きずりの人たちも、皆が皆雁首そろえ、“エサ場”とか“エサやり”と共通言語化し語り合い語りかけて来るが、「猫の郵便」は、とっくの昔にそのチューンやチェーンから離脱した。少なくても猫たちの一番身近で活動する者の心は、一般社会で暮す通行人や行政や反対者と身体感覚を違えていて良いはずだ、そう強く思っている。「猫の郵便」は、この路線でゆく。

思えば、「野良猫へのエサやり」が「地域猫活動」という新しい言葉を得、どんなに救われた気持にさせられたことか、と。言葉づかいでその人の背景や歴史や未来が判る、言葉づかいでその活動の中身が透けて見えて来る、自らに問いかけていることである。(つづく)

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Dscn2823         + 水 平 に  そ し て  ま っ す ぐ な ま な ざ し 

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2012年1月15日 (日)

+∞ドジョー国家の光陰~私的ドジョー改革∞+

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Charlie              + 水 平 の 眼 差 し を 心 が け 

ドジョー国家の存亡 私的ドジョー改革

Futaba85cccjpg 例えば、女性蔑視や男尊女卑が当たり前の環境に育つとその考えや価値観は無意識の内にすりこまれ身に備わってしまう。

成長し大人になり身についた振る舞いは、その人のあらゆる断面にこびりつき、終生つきまとう。なかなか、それはそんなに簡単たやすく変わるものではなく。変えられるものではない。
自分にとっては、当然至極自然な習慣、他愛なさから出た“行い”や“言葉”が相手をひどく傷つける結果になっても・・・しかし、“当の本人”は自分の悪さの“何故”が何か分からない。邪気なく分からない。本気で分からない。そして生涯分からず仕舞い。
・・・無邪気に弱者や女性や他人をいたぶり傷つけるありがちな現象には、「生まれ育ち」という長い長い時間をかけ培(つちか)われて来た温床に根ざす“土壌”があるのだなぁーと、近頃つくづく思う・・・今日この頃なのだ。

なーんて、「きっこの日記」冒頭あいさつフレーズを劣化コピーしちゃいましたのです。

“温床”ねェー。“家庭環境”ねェー。“社会環境”ねェー。根が深いねェー。ドジョー改良して2世代3世代と世代を更新し一新してゆかないと、世の中変わってゆかないんだもん。きついよなぁー。法制度上の文言を“積み木の城”を体裁&形良く並べるように凸凹を直し整えたところで、結局、人の心に巣食う“闇”が変わらない限り、人種差別や性差別や動物虐待の上に乗っかった文化が果てしもなく続いてゆくんだもんなぁー。
もっとも、日本は「法律」すら未だケーブマン・レベルの前近代状態だけれど。

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アメリカでは、性(ジェンダー)や人種間の差別や偏見をなくす方向で、法改正の他に数年前から“言葉の問題”に取り組み始めた。公的な場所での言葉の改革!
それは、“相手が不愉快に感じる言葉は使わない”から“職業上の名称に性差を付けない”に至るまで。・・・Black or Negro(黒人)がAfrican American、Stewardess & Steward(航空業界)が共にFlight Attendantなど、多岐多様に渡る日常言語の変革だ。この余波は日本にも上陸しているが、「改革の根本精神」を各カテゴリーが確かに自覚し輸入されているのかとなると「どうなのかな?」と首を傾げる。

言葉によってブレインウォッシングされ刷り込まれた価値観を、言葉を変えることによりリ・ブレインウォッシし返す。“リメイク/リモデル!”・・・良い試みだと思う。
なかなかドラスティックな変化を遂げない社会様態には、悪い温床を繰り越している原因がある。そんな市民生活の日常の中で当たり前に“とり交わしている言葉”を見直してみようという試み。
言葉を変え、社会関係に楔(くさび)を打つ・・・言葉を変えれば、必然的に対面し合う諸関係にも変化が余儀なくされるだろうという手法であり、論法であり、期待だ。

Mas3_2

だが、この日本は法律の文言からして、偏見と差別の悪しき種が育つドジョーのまま。
動物虐待が「器物損壊」と表わされるなどなど・・・探したら埃がモウモウ立ち煙りむせ返るような古き思考の文言のオンパレード・・・きりがなく古めかしく。

私たちの平素な日常を取り囲む言葉たちも・・・例えば、動物をからめた諺(ことわざ)一つとってみても、人と動物の関係の歴史が垣間見られ、時に侮辱であり、時に侮蔑であり、動物たちへの蔑(さげす)みの目線で満ちあふれている。

・・・猫に小判。猫に鰹節。猫も杓子も。猫をかぶる。猫の手も借りたいほどの忙しさ。猫の額ほどの・・・。猫ババ。その他の動物では・・・
犬が西向きゃ尻尾は東。犬に論語。犬も歩けば棒に当たる。飼い犬に手を噛まれる。犬馬の労。馬脚をあらわす。馬耳東風。馬の耳に念仏。虎は死して皮をとどめ人は死して名を残す。カエルの面にションベン。猿に烏帽子(えぼし)。スズメの涙。月とスッポン。月夜の蟹(頭が足りない人)。牝牛に腹を突かれる。衆盲象を模す。豚に真珠etc
そして、ことわざではないが民間伝承として言い伝えられている“化け猫伝説“”・・・

Mas3_3

侮蔑の意識はサラサラなく、さりげなく使い使われる諺や言葉たち。日常、一般常識化したこれらの言葉に何気なく包まれ、使い、見交わし合っていたなら、知らず知らずの間に無意識裡に動物への考えが思考前に刷り込まれ固定観念化され、動かぬイメージが定まってしまう。悪気なく。他愛なく。容易く。
日常のとりとめもない言葉の反復は、繰り返し見聞きし、自分でも言い書きリフるから、学習効果は絶大だ。そうして成り立っている私たちの社会、日常生活。

動物蔑視が当たり前に日常会話に根を下ろしている社会の中で、動物の地位向上の視点論点で何かを変えようとするなら、先ずは!
法の改革や国に要求を突きつけてゆくことも大事だが、ぼくたち「猫の郵便」は、それと同時に、日頃の給食活動やTNR&交渉&広報etc活動と並行して、自分たちの眼差しを猫たちの置かれている“立ち位置”と真正面の水平感覚にすることに絶えず心がけ努め来た。つまり、それは、見捨てられ暮す猫たちの麓(ふもと)まで心・体を下ろしてゆくことだった。(つづく)

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Quietmorningjpg                 + 朝 日 の あ た る 家 

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2012年1月14日 (土)

+∞マルコ・ブルーノ見聞録 ~ボランティア∞+

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Mb3           + 第 四 、 第 五 ・ ・ 感 覚 の 持 ち ぬ 主 

マルコ・ブルーノ見聞録 ボランティアという言葉

Jpg自分がやっているこの活動をこの世界では略して“猫ボラ”と呼んでいる。

“ボラ”は、ボランティアを短縮して「ボラ」、捨て猫救済のボランティア活動、猫助けのボランティア活動、まあそんなところかな。でも、これまでに実は自分の活動を身体的にも言葉的にも「ボランティア」と思ったことがない。その自負も持っていない。自己申告では自分の活動のことは“社会活動(ソーシャル・アクティビティ)”だと認識している。

それは、この国で広く流布され当たり前に使われている“ボランティア”という言葉に、大なり小なりの違和感があったからだ。なじみが悪かった。なじめなかった。なじまなかった。この国では、何故か知らないけれど言葉の定義を曖昧ファジーにぼかす癖みたいなものがあって、最初の意味が無限大に弱まり捻じ曲がり拡散してゆき、広く行き渡った頃には皆がめいめい勝手な意味づけで使っている場合が多く、元の意味が失われていることが良くある。

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ふり返ってみると、・・・「猫ボラ」とか「ボランティア」と口をついて出るようになったのは、同じような活動をしている人たちと出会ったり、ブログを初めてからの頃。自分だけの固有の言葉や認識では共通言語性を持てないから、やむなくそうしていた。だが、胸の内の“違和感”が解消した訳ではない。
ある種の人たちは、「ボランティア」と聞けば「タダで何でもやる人/殴られても石ころをぶつけられてもじっと耐える無垢であるべき存在」と限定し究極の曲解をしている。
匙を投げるような場面も少なからず経験して来た。

しかし、そんな中、人伝にマルコ・ブルーノさんが「ボランティア」と言う言葉をあまり好んでいないと聞き、にんまりしてしまった自分がいる。マルコ・ブルーノさんの説に頼れば、「ボランティア」なる言葉はローマ時代の“戦争”を語源としているそうだ。
血生臭い“戦争”を源とし、為政者のために如何なる奉仕をもいとわず、戦場に赴く、赴かせる。マルコ・ブルーノさんは、「ボランティア」という言葉は戦争のイメージが付きまとうから「好きではない」とバッサリ!

・・・活動に限らず、生きてゆく上でどんな言葉をチョイスし、ゆく手を照らす照明にしてゆくのか、そして他者(動物も含む)と接してゆくのかについては、日頃から大変に重要なことだと思っている。だから、言葉の定義をファジーにぼかした座標ベクトル頼みに、互いに分かり合えたように思えるのは、一時(いっとき)の止まり木、打算、錯覚。
錯覚は錯覚でしかなく、やがてそのコミュニケーションはディス・コミュニケーションの屍と変わり果てる。・・・
数々の諍いを見て来た。

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言葉を選ぶ。言葉を捨てる。それは生き方。どんな生き方をするのか。
そして、言葉にどんな色や温度を持たせるのかは、その人の生き方をクリアーに逆照射し映し出す鏡。 だから、言葉に対する敏感さは非常に大切な感性の作業なのです。・・・さすが、我が尊敬するマルコ・ブルーノさん。ん・・・偉い。

しかし、当面しばらくの間は、「“猫ボラ”という言葉は使わざるを得ないのだろうな」と思っている。だけど、「猫の郵便」は活動で、猫や犬の食べ物を「エサ」と言うのはとっくの昔にやめている。死語である。

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Walkingjpg      + G O O D  L U C K !  皆 こ う で あ っ た な ら 

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2012年1月13日 (金)

+∞ 台風サルサ・カレーと原発事故 ∞+

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Fromjpg_3             + 台 風 の 目 ~ 電 気 は ど こ か ら 

台風サルサカレーと原発事故 無限大にゾー

Typhoon_2005_21月11日。東日本大震災から10ヶ月の日。台風サルサ・カレーを作った。忙しい時は決まってカレーかシチューを作る。大量に作り置きし忙しさを凌ぐ。

震災前から食事は、外食にもコンビニにも弁当屋にも頼らずにやって来た。だから、全て自分で作る。食への“こだわり”があり、無農薬を心がけていたからだ。

しかし、原発事故の影響で恐らく東日本の自然食品は壊滅した。
高低差さまざまあっても放射能汚染の“日本産野菜”を選ぶのか、海外産の“農薬づけ野菜”を選ぶのか、究極の選択の時代に入った。

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台風サルサ・カレーとネーミングしたのは大震災から後のこと。以前はシンプルにすんなり、ただの「台風カレー」と呼んでいた。「台風カレー作ろう!」ってね。
南の島で5年間の隠れ家生活をしていた時代に台風の進路を読みながら、良くカレーを作った。台風が来るとなると、ざわざわと影響が一週間前から出始め、家の周囲の整理整頓や補強、そして庭の植物を守るためにおおわらわになり、保存がきく“カレー”を作るようになった。ナチュラルにナチュラルに実にナチュラルに、ナチュラルな材料を使ってナチュラルに料理を楽しんでいた。
そんなことが習慣になり、東京に戻ってから後も、忙しさが続く時は猫たちをキッチンの床に従えて、カレーを作って来た。だが、事態は、あの大震災で一変した。

ただの「台風カレー」に“サルサ”の思考を加えなければいけなくなったのだ。サルサの思考とは、原発グランド0から出来るだけ遠い産地の食材を探し選ぶということ。
ほら、輸入物のトマトの瓶詰めで、商品名の頭に“サルサ”何々とついているのがあるでしょう! それが由来です。
原発事故地・グランド0から出来るかぎり遠い所で収穫されたものを選んで、・・・タイ産の冷凍野菜、韓国産の玉葱、今回はじゃがいもの替わりに中国産の里芋、そしてアメリカ出身の洋梨とサルサ・トマト缶、インド生まれのウダドダール豆、メキシコ産の塩などを使っての調理となった。だから、サルサ・・・“台風サルサ・カレー”!
以前は伸び伸びと自由に選べた食材が、今は限りなく限定されている。アレ以降、それくらい食べ物には気を使い、気を使わされている。
原発事故による被ばくは加算方式だから、汚染濃度が低い食品を選ぶに超したことはない。

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時々、友だちに買い物を頼むが、その人の話しによれば、レストランや食べ物屋が出入りする某マーケットでは、安い値段をつけ売り出している〇〇産や〇〇産の野菜を“業者”がバンバン買って行くそうだ。一応、日本の法律の下、安全基準値の要件を満たしたものを店に並べているのだろうが、日本の安全基準値は去年の3月17日にベラボーな高さに設定され直されたのだ。・・・これじゃーとてもじゃないけど、外の食には頼れない。

食品の安全基準値を原発事故の後、3月17日に急きょすり替えた高級官僚たちの腸(はらわた)。彼らは“福一”で何が起こっていたのかを知りつつ、尚且つ、熟知した上で安全基準値を見直した。汚ねェーの!
海外の44にのぼる国が日本産の農産物に輸入規制措置をとっているのに、海外の人たちが「危ない!」と避けているものを「ただちに影響はありません!」と日本に住む消費者に押しつけている構図。そして、日本政府はそればかりではなく、あらゆる食品の汚染濃度を発表していない。海洋汚染のデータに至っては、“OH,MY GOD”の世界、公表せず!
マスコミも政府にならい一枚岩で、「原発事故と放射能汚染の深刻さ」には貝の沈黙、何も報道していないと言っていい。花粉情報を出すマスコミが、何故“食品の安全基準”に口を閉ざすのか理解に苦しむ。

結局、とどのつまり、一人一人自分で情報を勉強し、自分の“知”で生活を成り立たせてゆくしかないのが日本で暮してゆく現実になってしまっている。

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・・・かつて南の島での生活は、情報から大工仕事、大工仕事から庭仕事、料理や天気図を読むことまで何でも自分でやらなければいけなかったので、そのタフネスが今役立っている。・・・生きていれば否応なくぶち当たる局面に立ち向い自分で的確に判断し、自分で決める。風まかせは通らない時代になった。

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Gpsmall    + 東 京 で も 地 面 に 生 き る 猫 た ち に  放 射 能 は つ ら い 

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2012年1月 9日 (月)

+∞ そして、1月9日は満月になった ∞+

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Jupitermoon40                   + 木 星 の 月 た ち 

冬寒空 そして1月9日は満月になった

Jupiter_aurora_50_2去年の11月9日の記事には、“純情”のKAZUさんの月命日の記事を予定していた。
タイトルも内容も決めていた。しかし、その2日前の7日の午後に保護猫のハマーちゃんの容態が風雲急を告げ一気に駆け抜けて逝ってしまった。たかが猫の死であっても、亡くなるといつも見送りのさまざまな段取りや作業に日々を追われることになる。
心に決めていた“KAZUさんの記事”をその後書こう書こうとPC前に向っても、一日に2本の記事を仕上げるのはきつく、それに加えてKAZUさんについては生半可な気持では取り組めない緊張みたいなものが胸の中を支配し、リスペクトする気持が強ければ強いほど焦りに焦り、日々を空回りさせていた。

そして、12月9日。気を取り直してKAZUさんの月命日の記事は新たな内容の掘り起こしでどうにか書き上げたが、11月9日の記事を未だに保留にしているのは後悔の種になっている。文章は下手だし、気質が多情多感で複雑な成り立ちをしているために気持を一筋にまとめるのがなかなか難しく。
流してしまった時間は帰って来ない。そう痛切に感じている。
「ダメな奴!」と内心思うが、KAZUさんが身を削って書き上げ遺した“遺書“”とも言える名文『娘、奈月との歩み』を前にすれば、緊張で逡巡し口ごもるのも許して頂きたい。

Nas1ec

でも、反面裏腹にこういう気持も同時にある。「幸せだな」って。絶句するほど緊張してしまう対象がいるってことを・・・!
絶句するほど緊張する、・・・それは、つまり、敬意であり尊敬あればこその自然な振る舞い。否定ではなく、呪いではなく、恨みではなく、魂ゆさぶられるほどの尊敬を心の真ん中に秘めて生きてゆけるってことは・・・「何て幸福なんだ!」ってね。
憎しみや呪いの感情に向って歩んでゆくのではなく、慈しみ尊ぶ感情をエネルギー源にその引力に引き寄せられて生きてゆける。夜、外回りの活動の際、ふと空見上げるたびに、KAZUさんが好きだったという月見上げるたびに、折りにつけてそう実感している。

「幸せだな!」と、夜の空を仰ぎ見、思いっきり息を吸い込んで。寒空に“月”が1月9日のKAZUさんの月命日に向かって日増しに膨らんでゆくのを嬉しく感じていた。

そして、1月9日は満月になった。

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いつもの野原、いつもの時間、いつものコンクリート階段を背もたれにして寝転び、猫たちの食べ終り待ちの“月見天体観測”! じっと見つめていたら、見つめ返されているような気がし何だか恥ずかしさがこみ上げて来た。
月よりの使者“KAZUさん”は月に帰り、雪のような・・・星のような・・・花のような結晶体、“客観”になったのだ。

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(冒頭のイメージ画は、木星の衛星の“月”たち。上からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。夜の外回り活動の月見観測の時、木星の上にボートを浮かべて65個もあるという衛星たちの遊ぶ空を眺望したら、しびれるような光景だろうと思った。月よりも大きな衛星が視界にボンボンボンとめくるめく展開を見せつけ、・・・あれがマルコ・ブルーノさんの星、あれがKAZUさんの星、あれが宮沢賢治の星と次から次へ憧れの人や尊敬する人の名前を勝手にあてがい名付けてAll day long、終日(ひねもす)眺めている。

尊敬する人、心のど真ん中に置ける存在があるということは良いことだと、その夜、そう心にイメージしたのです。)

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View_jpg             + 月 見 送 り の  Q u i e t  S u n u p 

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2012年1月 8日 (日)

+∞ どうぶつ図鑑 ~ヒト科 ∞+

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Who_045b          + W h o  ? オ ッ ト セ イ で は あ り ま せ ん 

どうぶつ図鑑 ヒト科どうぶつの内実

Mimi1_25_2ある日の昼下がり。じゃなくて、ある日の下り坂。日はとっぷりと暮れ、暮れすぎて何処にも行き場を失くした夜の暗闇が町の深い谷間で漂っていた、そんな夜だった。
「あー、草臥(くたび)れたぁー」と、夜の部・3時間の外回りの活動を終え、ダラダラと続く坂道をタラリタラリポコポコとペダルに乗せた足に力はもうなく、一日の燃料は使い切りに使い果たし、自転車のサドルにただ身を乗せているだけだった。

気力、体力、知力、精魂尽き果て、坂の下りに身を任せ、最後の上り坂でその時だけ力を出せば、家にはなんとかたどり着ける。「今は重力の向くまま」にそれだけの思いだった。・・・帰ったら、そのまま倒れこんで毛布をかぶって寝てしまおう・・・あっ、それはダメだ・・・ニャンコ先生たちのトイレ掃除をしてからだ・・・腹がへったなぁー・・・目がかすむ・・・みんな今夜は寒いから寄り集まってホットカーペットの上で丸くなって寝てるんだろうなー・・・あー、日に日に月が膨らんでいく、“純情”のKAZUさんは月と本当に縁が深い人なんだなー、「蜜月(Honeymoon)だ!」 Ha Ha Ha・・・とか。
あー、眠い・・・あの仕事の下調べもしなきゃいけないし・・・あの仕事もストレスだし・・・ブログのUPか! 面倒くさいッ!・・・携帯の充電も・・・などなど。脈絡不明の瑣末(さまつ)な思いつきがダラダラと行き交い、ポンコツ自転車の上で坂道と冷たい夜風にされるがまま吹く風まかせ。その時の自分を何かに例えれば、ジャスト“神のフケ”のようなものだった。

神さまのかさぶたかフケのような存在。ひらひらと頼りなく。

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その時だった。脳天、関節、腰、膝、足裏、腕、手首、手の平にカチッとスイッチが入ったのだ。突然、グングンと自転車を漕ぐは漕ぐは全速力で走り出したのだ。信号待ちの交差点は鬱陶しく、さながら競馬場の出走ゲートの競走馬の状態だった。あのターゲットに向って猛スピードで一心不乱に深夜の町をなりふり構わず突っ走った。

“あのターゲット”とは何か? そこでキラキラ光り待ち受けているものは何だったのか? 草臥れて惰性に身を任せていたその時、唐突にスイッチが入ったのは、アレのせいだった。“ピン!”と来て、“キラキラ”と。脳の裏から強烈な刺激がやって来た。
ガラスキャビネットの中に寝かせてある年代物の“ラム酒”! キラキラと光って!
焼酎やビールやワインでは、堰(せき)を切ったような“あの衝動”アクションは捲き起こらなかった。そこまでには至らなかった。頂き物の、年代物の・・・“美酒”! 泡盛古酒やラム酒のような“クーッ”と来る強い酒には腰砕けに弱いのだ。子供時代はアイスクリームとチョコレートだった。
ぼくは、その点については本当に浅ましいのだ。

息を切らせ家に到着し、「はー!」っと、どっかりイスに腰を下し。しかし、嬉々とした気持と同時に「浅ましい奴だナ」と裏腹な嘲笑の笑いも浮かべていた。目の前に人参をぶら下げられ勢い込んで走った自分。あの疾走はまさに動物的疾走だった。動物の欲がなせる技だった。本能そのものむき出しで突っ走った。

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実は、苦笑いをしたのには理由(わけ)がある。デジャヴ(即視感)体験があるからだ。
それは、ぼくとぼくの犬の甘い思い出。もうずいぶん昔に死んだ犬のTTPPのエピソードだ。
「Tちゃん、散歩の時間だ。行くよ」 毎日の決まった時間の散歩タイム。だけど、その日Tちゃんは出かけるのを渋った。何が理由で渋ったのか、その時は分からなかった。
渋るTちゃんを連れ出し、しかし外に出てしまえばいつも通り。どの犬もするような普通の散歩を一時間ほど。
散歩が半ばに差し掛かったその時、何を思ったのかTちゃんが突然走り出した。
ハッヒッヾハッヒッヾ勢い込んで。「どうしたの? Tちゃん!」 止まらない止められない、一目散に家路をたどる邁進、爆走、驀進! ノンストップ・ランニング!

家に辿り着くと、Tちゃんは風呂場での足洗いをふりきってキッチンへまっしぐら! 追いかけて行ってみると、Tちゃんは床に落ちていた栗にかぶりついていた。Tちゃんは、散歩前にうっかり床に落した“栗”の存在に気付いていて、目と嗅覚で「自分のもの」と確保していたのだ。そして、散歩中にそれを思い浮かべ、なりふり構わず突っ走った。

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Tちゃんと“栗”。ぼくとある日の夜の“ラム酒”の誘惑!
結局、ぼくも犬のTTPPと同じ行動をとった。ありし日のTちゃんを胸によぎらせ、苦笑いした夜。・・・“人間さま”だと大の字慢心の大威張りで、「動物とは決定的な一線」を引きたくても、現実は人間も動物、他の動物と何も変わりない。食べ、眠り、歩き、排せつし、欲求もあり、怒られたら悲しみ、叩かれたりケガをしたら痛いと感じる。人間も動物の紛れもない一部なのだ。
人間だから“高尚で正当な欲求”であると既定し台座に登り、動物たちを足蹴にし貶(おとし)める権利など実は何処にもない。
私たちの活動に対し刹那に「人間と動物のどっちが大事なんだ!」と殺生無体な議論を仕掛け挑みかかってくる人が引きも切らず現れるけれど、ぼくは唯ひたすら人として弱い者/弱い存在に“優しくなれないか!”と問いかけているだけなのです。

どうぶつ図鑑。「ヒト科生き物」のザンゲのつぶやきであった。

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028          + 花 草 木 水 、 ど う ぶ つ か ら 学 ぶ こ と 

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2012年1月 7日 (土)

+∞ テレビに操られる人々 ∞+

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Yousatoh_2             + 大 き な ネ コ 目 の 佐 藤 優 の 分 析 

テレビ井戸端会議 電波芸者に操られる人々

Jpg世の中完全お休みモードなので、それを口実にして今日のブログは少し遊びます。

冒頭に掲載したのは、小泉政権時代に鈴木宗男さんと一緒に逮捕された元外務省の佐藤優氏の「ファシズムの社会への浸透の仕方と、その中でメディアはどんな役割を担うのか?」についてのほんの“さわり”・・・、かいつまみです。

佐藤優と言えば、当時外務省でロシア担当、メディアではミスター・ラスプーチンの名で悪名を馳せていました。皆さんメディア操作に引っかかって、今でも彼を悪人のイメージで見ているでしょう。でも、彼がどんな悪いことをしたのか実は誰も論理的に言い当てられない。社会とは、フランシス・ベーコンの絵のように、本当に“歪み”そのものなのだなぁーとつくづく思う。
国の都合で訳わからず逮捕され、イメージを塗り付けられ追放される。

権力のお祭りの『衆人監視の“血祭りショー”』に生贄(いけにえ)として供せられた人。
・・・お神輿を担いだのが各局テレビのワイドショーでした。ひょっとして、あなたもその歓声の渦の中にいませんでしたか?
「え! 佐藤優が好きなのか?」ですか? 学問と研究には“好き嫌い”は無用のものなのです。学問研究に好き嫌いの感情を使うと致命的な間違いを犯すからです。

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冒頭に掲載した彼の論点は非常に重要で優れています。むずかしいですが、『①ファシズムと民主主義原理は比較的相性が良い ②情報社会が進歩するにつれて、高度な専門知識を前提とする情報を人々は判断できなくなるので、「順応の気構え」が強まる。この中で~「国民を納得させる」機能を果たす役割の職業が生まれてくる。ワイドショーのコメンテーターにはまさにこの機能が期待されているのだ。』・・・フーム!
①②の二点をインプットしておけば、これからの時代を生きてゆく上で損はありません。
罠(わな)に引っかからないためのサバイバル指南の術、“生き抜くために損はない”と言った方が的確かもしれない。

大阪の動き、政治の動き、テレビの動き、何の気なしに点けっ放しにしているテレビの中から無数の操り糸が放射されていて、知らず知らずのうちにテレビの内側と共振し、いつの間にか同化していることになる。ナチス政権のゲッペルスは、あの時代ラジオを巧みに意識的に使って、そうした。自分の選択/考えだと誇らしくしていても、実は操られていた・・・なんてネ!

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冒頭の“チラシもどき”をダウンロードしたのは、小泉政権の頃だから・・・今から何年前になるのか? 忘れちゃったけれど、・・・「んー、なるほど」と思い数年間ゴミ箱に放り込まず寝かせて置いた。それが、今日改めてPC内ドキュメントから取り出してみて、「これ生きてるな!」とうなずいた。フーム、・・・この時代をどう生き抜くべきなのか?

ファシズムのイメージと言うと“豪腕な政治権力”の下で、大衆がねじ伏せられていることを想像・連想しがちになるが、実は豪腕な腕っぷしに民は魅了され興奮し熱狂し共振し喜んで火の粉となる・・・それがファシズム! 目の前に来たらそれが何か、もう判断できなくなっている。過剰同調、それがファシズムの罠!

過剰同調を甘美に誘発するシステム、それがテレビなどのメディア。あやしい蜘蛛の糸に嬉々とし率先して進み入り、からみとられ呪縛され、その中で我が我がと有能さを競い合ってゆくメカニズム!

「テレビを点けたのはアレはいつのことだったっけ?」 それくらいテレビと縁遠い生活をしている。

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Queen70jpg     + 世 に ほ ん ろ う は さ れ て も 操 ら れ は し な い 

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2012年1月 6日 (金)

+∞「何もできない」なんてことはない∞+

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【「何もできないなんてことはない 水色の一滴から

Futaba85cccjpg寒さに向ってまっしぐらに突き進む冬の道、見渡すかぎりのブルーな、ブルーな世界。

一面のブルーな世の中。でも、「何もできない」なんてことはない。あきらめてしまった時に心に体に暗闇のベールがふわりふわりと舞い降り。・・・開かない扉にしてしまう。

そして、閉ざされた扉の前で人は生きる力を奪われてゆく。兎に角、あきらめないこと。

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連休前、原発事故と大震災のダブルパンチにあえぐフクシマは、猛烈な冬の嵐が吹き荒れているという。

飢餓と渇きの中に置き去りにされ細い命をつなぎ生きる動物たち! あの“死の町”で、彼らは今頃、この寒さの中、どうしているのだろうか。気になりませんか。

新年になったからと言って、フクシマが終わった訳ではなく、大阪では乱暴な条例問題が浮上し、川崎の仔猫虐待死事件もまだ全容が明らかになった訳ではない。
小さなことから大きなことまで・・・事が過ぎれば何もかも忘却の彼方に置き去りにされる風潮の世の中だけれど、忘れないで下さい。

未だそこに“いのち”の苦しみがあることを。或いは更なる痛みが政治の動きによって付け加えられようとしていることを。・・・時のマジック・・・忘却の霧の彼方で手足を動かし「置き去りにされた悲しみ」と格闘している人たちがいることを!

「何もできない」なんてことはない。お金がある人はお金のほんの一部を。時間がある人は時間のカケラを。不用品がある人は不用品を。情報網がある人は情報の継続的伝達を。体力がある人は体力資源で。などなど、小さな力/形から扉は開かれている。

はじまりの一滴が大海の水の源になる。

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ソフトドリンク、お菓子、チョコレート、満ち足りているのについつい手が伸び無駄に飲み食いしていませんか? 冷蔵庫の中でいつもダメにしちゃうものをチェックして買い物をコントロールしてみませんか? その中から少しのお金を捻出して動物たちの悲しみのために寄付するという参加の方法があるのです。1000円でも良いのです。
にゃんことバーベキュー」へ、「犬猫救済の輪」へ、或いは「猫の郵便・とらちゃん/リリたん猫孤児基金」にでも良いです。寄付で伝える意志を、よろしくお願いします。

住民登録を愛知から福島に大英断の変更をしてまでの活動をする「にゃんことバーベキュー」は、現地で大規模保護プロジェクトを展開しているため、生活不用品の募集も同時にしています。タオル、毛布、皿、トンカチなどの工具、ドライヤー、扇風機など「何でも・・・」と言っているので問い合わせて見て下さい。

体力に自信がある人は、「犬猫救済の輪」が人力&労力を募っています。多数の犬猫の世話や犬の散歩など仕事は色んなエレメンツ沢山ありそうです。

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時間がある人、文章力に自信がある人、政治一般に関心がある人は、大阪市議会が制定を検討している「餌やり禁止を含む過料罰付き条例」に抗議の手紙・メール・電話を送り届けて下さい。「一度メールした!」だけでは足りません。送り先は、ブログ「小さなニクキュウ守り隊」記事に掲載中の市長・副市長・各区長・議会議長・各会派市議会議員・健康福祉局と、さまざまあります。
政治の歯車は一度動き出したら諫早湾干拓ギロチンゲートのようにノンストップの性質を持っています。イチャモン、ナンクセ、大論文、エトセトラ&エトセトラ・・・

ひとつでも良いから参加して社会を感じてみて下さい。ブルーな世の中がもっと深刻なブルーにならないように、置き去りにされた“悲しみ”を共有することが・・・、これから来る“恐れ”に立ち向かうことをシェアすることが・・・、どうぶつ保護活動の質を高め明るいものにして行くのだと思います。

「何もできない」なんてことはない。・・・「忘れない」ことができる。それぞれの人がそれぞれの場所で・・・心の場所で、「忘れないでいる」ことはできるのです。
何もしないでいたら、自分の声も心も見失ってしまったなんてことにならないためにも。

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Afernoon_023              + ト ボ ト ボ  帰 る  冬 の 小 径 

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2012年1月 5日 (木)

+∞ 年末年始 ~東京ナイトシャッフル ∞+

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Ok         + 1 月 2 日  夕 ぐ れ の 富 士 山  ( O K さ ん 撮 影 提 供 ) 

年末年始 東京デイナイトシャッフル 埠頭まで

Guyfawks03大阪市議会「餌やり禁止を含む過料罰付き条例」の問題について続報を連ねたいところですが、敵も然る者しばらくじっくりとなりゆきを見守ります。大阪維新の会、手ごわい相手です。東京市民としては、「橋下維新の会」が連鎖反応的にもイデオロギー的にも東京に入城しないことを願うのみです。

ブームに火がつくと、この国は一方向にストッパーなく偏って流される特性がある。

もし「橋下維新の会」が“東京入城”となったなら、橋下手法/思想は恐らく日本全国に波及することになり。そうなると、行政や国家運営をビジネスとして据えている彼の考えに基づき・・・“首”になる市民や国民も出てきそうです。東京都知事・石原慎太郎より実務的にかなり有能だから、厄介なことになる気配濃厚です。

Nas1ec

さて、お正月東京スケッチが鮮度を失わないうちに、「東京~デイ&ナイトシャッフル」と行きますか! ブログの気分転換にでもなればと思い。
年末年始の東京は・・・、正確に言えば、東京の六本木界隈から竹芝/日の出埠頭に至る町々の年末年始の風景は・・・、ニュー・イヤー・イブ&年明けミッドナイトを除けば「静寂」そのものの町並でした。昼も夜も静けさの上に静けさを重ね着したような静寂が天まであふれ。
このままこの辺(あた)りが、日本地図から切り離され世界漫遊の浮島の旅に出ればいいのになぁーと、この時期にいつも心を捉えられる幻想です。

本当に人がいないから、ほんの些細な物音が実に良くあたりに響き渡る。もし空き缶を路に落したなら、カランコロンカランコロンと・・・乾いた音も高らかに世界の谷底まで永遠の運動をしながら果てしなく転げ落ちてゆくような・・・それくらいの幻覚に包まれる静かな静かな坂の町の数日でした。
「視界も音も空の広ささえも全てを人が吸い取って日々が成り立っているのだなー」と改めてしみじみと感じました。

明けて1月1日から2日の夜などは、まさに静寂の谷底! 六本木トンネルから大門方面に抜けるのに深夜0時すぎとは言え、一台の車にも追い抜かれないなんて!
路も町も、まるで広場か解放区のように広がっていました。
冷たい景色を思いっきり風切って、素晴らしい自転車ライディング&ライディング!
一年一度の楽しみ! 水を落したプールを自由自在に「イーッ! ハーッ!」と爽快に駆け抜けました。

Nas1ec_2

しかし、ニュー・イヤー・イブの年明け前から明け方にかけては、鬼門・難所・障害物をいくつも乗り越え、へとへとになってやっと目的達成のゴールにたどり着いた“流れ星の一夜”になりました。さながら、障害物レースに強制参加させられたかのような、Mの体験。一難去っては又もびっくりお化けハードルが次から次へ。・・・例年のことと言ってしまえばそれまでだが。
六本木・麻布周辺の繁華街は、チープ男とビッチ女と泥酔野郎の阿鼻叫喚の修羅場と化し、絡まれないようスラローム走行&走行! 地雷を踏まないよう慎重に慎重を期し、あっちこっちの街角やビル陰で物騒なケンカや人だかりに注意を払わなければいけなかった。
そして、クタクタになって芝公園にたどり着くと、今度は初詣の行き帰りのお客さんたちの深夜の華やぎの列。時間を自由に使える人たちが羨ましかった。

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年またぎの猫活動、お祭り事の賑わい時は決まって猫たちの出が鈍く、二重の障害に時間をロスしたニュー・イヤー・イブの外猫給食「猫の郵便」デリバリー・サービスの「疲労困憊物語」の顛末なのでした。

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Bara_70jpg  + 明 け ま し て お め で と う  と 言 っ た ら  怒 っ た 人 が い た 

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2012年1月 4日 (水)

第十報:蘭の花くん ~お帰りなさい

郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。 2℃~9℃

Onemonthlaterjpg               + だ い ぶ 良 く な り ま し た 

第十報蘭の花くんお帰りなさい

Think_angel60蘭の花くん、お帰りなさい。里親候補先で年末とお正月を過していた猫の蘭の花くんが、帰ってきました。

たった一回のそそうでした。しかし、たった一回のそそうが蘭の花を神経を尖らされた剣が峰に立たせることになりました。爛漫であった顔が日を追うごとに険しくなり、食も細くなり、色々あって。
結局、お互いの納得の行く要件が満たされず、こちらの“申し出”で返してもらうことになりました。

愛情があれば、どんな障壁も乗り越えられる、LOVEあれば乗り越えられない障壁などないと思うけれど、愛情の水位がそこまで到達しなかったのでしょう。
ブランドを愛する人。形を愛する人。サブジェクトを我が意志のままにしたい人。

蘭の花の幸せを思えばこれ以上我慢させることはできませんでした。

ブランド名がない蘭の花、名門の出ではない蘭の花。沢山の苦労をしてきた蘭の花。

でも、蘭の花選手を更なる不幸な目にはあわせられないから、裕福な家庭でも尖った剣山の上で暮させる訳にはいかないから、これでよかったのです。
蘭の花くんは、また振り出しの1からやり直しになるけれど、君を見捨てるようなことはしない。

Nas1ec

帰って来た蘭の花は、今、自分の部屋で落ち着き払った顔をして眠りに入りました。

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Tower2012jpg            + 2 0 1 2  片 手 間  シ ョ ッ ト 

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2012年1月 3日 (火)

+∞虎の威~虎の衣はタイガースだけにして∞+

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Tokyo_heart            + 東 京 も 威 ば れ た も ん じ ゃ な い 

虎の威 虎の衣は阪神タイガースだけにして

Guyfawks03_2昨日のコラム記事文中にて、「虎の威を借りる」をあえて“虎の衣”と間違えてみました。それは、マスコミ動員型劇場政治を敷いている橋下大阪市政権を過剰に祭り上げるのに抵抗があり参画したくなかった心情がありました。「橋下人気の衣(ころも)を借りて、いい気になるなよ、東君! 虎の衣は阪神タイガースだけにしといて!」ってね。

でも、アレですね。テレビの時代は終わったと巷間言われていても、まだまだ大衆レベルではテレビの影響は根強いようです。
政治の上での度を超したブーム“
過熱と熱狂”は、祭りのあとが大変なことになるのは歴史が証明しているんですけどね。
ヒトラー政権然り、両ブッシュ大統領時代の両イラク戦争前夜のアメリカの高揚感然り、切り捨て斬り捨ての劇場型小泉政権の祭りのあとに残されたものは・・・。

政治は揚力や引力、巻き込まれる力にばかりではなく、その逆方向に反動する力や反作用を考える冷静な視点で見てゆかないと、後で取り返しのつかないことになり、失ったものは戻らずということになる。強い者の合理的な視点ばかりではなく、弱者にどんな眼差しが向けられているのか? バランスが大切!

橋下さんは、よく政治や行政を民間会社経営に擦り合わせて例え話をする。だけど、民間会社が社員を首に出来ても、政治と行政の場では国民や市民を首に出来ない、それはしてはいけない。ぼくはこの視点論点で政治や世界を見つめる者です。

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「さてっ」と、各論へ。大阪市議会「罰金付き餌やり禁止条例」の問題です。

大阪市商店街連合会は、以下に示す2つの陳情を申し入れました。

1.公園以外の糞尿処理についてもサポータ導入、及び助成対策を実施して下さい。
2.助成不可能ならば、指定された場所以外で、所有者不明の猫に給餌する人を罰する条例を作成して下さい。

大阪市維新の会・東貴之議員は、陳情の項目1は検討せずに、いきなり唐突に項目2の「処罰」に飛びついた訳です。
東議員は、大阪市商店街連盟の陳情を受け、猫問題を放置自転車と同列の並びのマナー問題として条例案作成をしています。

しかし、野良猫問題は、大半の原因が不妊・去勢手術をしない人たちの「放し飼い」や「捨て猫」などの無責任な飼い方や公共心の欠如が引き起こしているのが大筋であり、大元の原因にメスを入れずに短絡的に『猫への給餌を禁止して「猫を他所へ追い払う/餓死へ誘(いざな)」』ことでは真の解決にはなりません。死んでもらう要因を意図的に作り、死んでもらって問題の打開をはかるなど、おぞましい方法としか言えません。
北朝鮮のような
野蛮国家のすることです。

これに対して、大阪市議会・自民党の加藤議員のアプローチは・・・
たった今、大阪市で進行中の「公園猫サポータ制度と街猫制度」の拡充、それに加えて「サポータ登録へ便宜をはかる、不妊去勢手術のさらなる増加」こそが、“
いのち”を否定することなく問題を解決するロードマップである、としています。
加藤議員案の方が、
人の取るべき道として整合性があり、論理的であると思いませんか? 乱暴な荒療治は後々禍根を残します。政治/政(まつりごと)のベースには、「人としての情と最低限のモラル」が根ざしていなければ、後は野となれ山となれ・・・と、人心の荒廃を招きます。

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自転車は無生物。猫たちは生物。皆さん、どうですか。東議員のこの単純すぎる頭。

「猫の郵便」は東京から、他人事として見過ごせない問題として、不備ではあるけれど“加藤議員案”を支持します。賛同する方々は、加藤議員案に応援コール・応援ノートを送って下さい。こちらです

「お母さん、あの猫、やせちゃて、死んじゃうのかな? かわいそう! 何か上げちゃダメなの?」なんてことを、子供たちに言わせるような政治にならないように、しないように。よろしくお願いします。

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Dangerous      + 猫 の 手 に 曳 か れ  み つ め る 世 の 中  人 の 心 

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2012年1月 2日 (月)

+∞臨時ニュース:野蛮国大阪維新の暴走∞+

猫の郵便については、はじめにを是非ご覧下さい。3℃~10℃

Fountain60jpg            + 明 け ま し て  臨 時 ニ ュ ー ス で す 

大阪市維新の罰金付き餌やり禁止条例にプロテクトを

Guyfawks03年明けて、ビックリ・トンデモ・ニュースです!
犬猫救済の輪≫経由で新年早々、“猫の保護活動”を脅(おびや)かす恐ろしいニュースが大阪から飛び込んで来ました。

大阪市議会議員:東貴之(たかゆき)議員(大阪維新の会)が、「餌やり禁止を含む過料罰付き条例」作成を市当局に急かせているのです。ブームに便乗した橋下維新政権の“虎の衣”を借りた現場行政と市民に対する強要? おごりでしょうか?

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この条例が実際に現場で施行されることになると、数多くの不幸な猫たちの生活場所で、給餌禁止地区が設けられ、その区域内にいる猫に食べ物を与える事が違法となり、罰金を取られる現実がやって来ます。事実上の猫とその世話人の排除です。
この条例が成立すれば、横並びに全国各地で
猫殺しの現実がドミノ倒しに起こってゆく条例発動の危険性があり、“捨て猫を守り問題解決を図りたい保護活動”は、深刻な危機に直面することになるでしょう。・・・そうなります。

Hey,Everybody! Yes!

以下のリンク先に意見/抗議の送付先があるので、維新・東議員の条例案に反対し、適正な“不幸な猫たちの保護管理”を推進するような条例を作るよう、大阪市議会や“東貴之議員本人”、並びに“維新・東議員と意見を異とする議員”に意見を送って下さい。私たち“小さな命を守る”ボランティアの意志をしっかり伝えてゆきましょう。

条例が成立してからでは全てが手遅れになるのです。それが政治です。

Mas3_3

大阪維新・東議員の方向性は、動物を守る国際潮流や、日本国動物愛護法や、環境省のガイドライン、そして日本国憲法の根底にある“法の精神”をも踏みにじり逆行させる、野蛮で短絡的な解決方法なのです。

犬猫救済の輪』動物愛護活動ドキュメンタリー1月1日の一番目記事(下の方です)
転載元:地元大阪 「小さなニクキュウを守り隊」

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Rainbow_b        + レ イ ン ボ ー ブ リ ッ ジ  元 旦  夜 明 け 前 

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2012年1月 1日 (日)

+∞ A Happy New Year‘2012 ∞+

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Sailingjpg       + サ ン ラ イ ズ  ・ セ ー リ ン グ  海 へ   “ B u t ” 

New Year Resolution(決意)~2012へ

Pl01_2A Happy New Year & 明けましておめでとうございます。今年のブログのスタートです。

2011年から2012年へ。去年は脳天かちわれ草(ノーテンカチワレソウ)とアホ草(アホクサ)の入り乱れての狂い咲きの年でしたが、兎に角、終わりました。

でも、新しい年になったからと言って急転直下、雷鳴が轟き“光あふれる世界”が現れる訳ではなく、生活はきっと個々誰においても黙々と綴って行くものなのでしょう。
嬉しさにはちきれる時も、悲しさに打ちのめされる時も、光あふれる時にも、暗闇に心とざす時にも。ただ黙々と、ただ黙々と歩をさし出してゆく。

Nas1ec

お祭り気分のこんな時には、いつも“日の当たらない場所”のことを考えるしなやかさを心に持っていたい。青春のトンネル時代をふり返り省みる“戒め”を心に宿していたい。
自分も含め「猫の郵便」の希望は、そのエンディング・ノートとして、忠犬ハチ公のような悲しすぎる結末を残さないように、たった一つの命にも「・・・待って待って待ちくたびれて死んでいった」というようなことが起こらないように・・・
目的をはっきりと見さだめて“今”を見つめ、“今”を考え、“今”を生きてゆこうとしています。

自分が活動して来た身の回りには一頭の“忠犬ハチ”も出さずに活動を終え、荷物をまとめ、この場から退場する・・・これがぼくのエンディング・ノートです。

そのかたわらで、フクシマの被災動物の救済活動をしている≪犬猫救済の輪≫と≪にゃんことバーベキュー≫、そして「動物愛護法改正」の動きを赤丸二重の重点ウォッチング、そしてマルコ・ブルーノさん。これが今年の「猫の郵便」のレゾルーション(決意)であり、仕事になります。・・・です。

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空翔(かけ)る銀河鉄道の夜に、猫の郵便号に乗車してみませんか? 猫の郵便号には、練馬区のSHさんや港区のKKさんやYMさん・・・など知的な方が多く同乗しています。

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Jpg75jpg              + 定 期 検 診  先 生 よ ろ こ ぶ 

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