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【廣瀬勝海事件裁判 ~どこまでも軽んじられる猫の命】



事件が司法の場に移されると、どうしても人間ドラマになってしまいますね。そうして、被害の中身・本体が失われてゆく。そうして、法廷は量刑のプラス・マイナスの取引の場にすり替えられてゆく。そんなことを感じながら、廣瀬勝海事件第二回公判の場にいました。
公判の傍聴を通して胸の奥底から浮かび上がって来たのは、被告・弁護側にとって殺された(⇔殺した)猫たちの命はこの場に及んでも軽く、苦痛の中で死んでいった命たちへの気遣いを感じることはどの場面にもありませんでした。
被告・弁護側は結審に向け少しでも軽い量刑を勝ち取ろうとする思惑や比重が大きく、被告によって苦しめられ死んでいった猫たちの命の重さは法廷の場でサイドストーリーへと追いやられる軽さでした。
ふり返り・・・かえりみられることのない命たち、枯葉一枚ほどの重さもない命たち・・・と、そう思えました。
被告・廣瀬自身への尋問、そして被告側証人として出廷した父母への尋問がありましたが、被告本人の口からもその両親の発言からも最後まで、殺した猫へ詫びる言葉は一言もありませんでしたし、オモチャのように翻弄されて死んでいった猫たちへの思いは沈痛な思いとなって聞こえて来るものではありませんでした。伝わって来ませんでした。
この場を何とかやり過ごし何が何でも元の自由な生活を手に入れたいだろう廣瀬被告は、神妙な面持ちで着席していました。だけど、自分が起こした事件の張本人であるはずのその被告の表情は、あくまでも平静で、落ち着き払ったものであり、犯した罪への畏れおののきや後悔の念が吐露されるものではありませんでした。時に薄ら笑いすら浮かべていました。
公判の中で、「何故、猫を虐待死させるような罪を犯したのか?」という検察官の問いに対し、廣瀬本人も父母も弁護人も口を揃えて、「躁うつ病のため」としていました。
悪いのは病気であって、本人の責任・罪・資質・生い立ちを躁うつ病という病名で軽量化し、すり替え、情状酌量を図ろうとしたのでしょうか?
公判最後に、廣瀬被告が裁判長から発言を許された時の言葉はというと、こうでした。
「14,15匹の可愛い猫チャンをいとも残虐に殺してしまったこと大きく反省しております。亡くなった命はもう戻ってきませんが、これから不幸な猫ちゃんが一匹も出てこないことを祈って、私自身、殺してしまった猫チャンの成仏を一生かかって祈ってまいりたいと思っています。ありがとうございました。(本人談そのまま)」と言うものでした。
極悪非道な子猫殺しを存分に繰り返した挙句の最後の言葉がこれです。反省と言っても本を朗読しているような、どこか他人事のような、悔いも詫びも伝わって来ない審理中の態度や弁舌が、唐突に「可愛い猫チャン」とか「不幸な猫チャンが・・・出ないよう祈って・・・」とか「成仏を一生かかって・・・」と、悔恨の足場もなく飛躍しています。言い回しも不自然であり、流れも珍妙であり、事前に字面だけ一生懸命まる暗記したとしか思えない魂のない声の抑揚でした。
本当の心の底からの懺悔であれば、生身の声にその表情や抑揚が出るものです。
すり替え誤魔化し何のそのの平気の平左で、「可愛い猫チャン」と取り繕えるこの神経、この軽さが、彼自身の「生命あるものへの眼差し」の軽さなのです。やったことへの軽さなのです。
そして、モンスター化してしまった自分の息子へのその父と母の態度は、この期に及んでも「躁うつ病が悪い」と、息子に罪と向かい合わせることを回避させています。彼ら両親は、息子・勝海が社会に出て来たら、「自分たちの自宅近くにアパートを借りて住まわせ、息子を見守る」との旨を述べていましたが、事件中も息子の異常に気付くことがなかった鈍感・大甘々で果たして大丈夫なのでしょうか? 動物への虐待行為には必ずと言っていいほどエスカレーションがあることが気になって仕方がありません。
自分たちが育てた息子の手によって致死に至らしめられた多くの猫たちが受けた“受苦や痛み”に馳せる思いは微塵もなく(謝罪の言葉はなかった)、息子にその場を逃れさせる役割で出廷したその父と母の良識。
水に沈められ、殴られ、蹴られ、踏みつけられ、壁に打ち付けられ、血を流し死んでいった猫たちが哀れで・・・切なく・・・、無情の鐘が心の中で遠く近く鳴り響くようでした。
「あんたたちが育てたあんたの息子がやったことなんだ。子供の頃、“命は大切”と、一度でも目と目を合わせ、諭したことはあるのですか?」と、今尚波立つ気持を消せません。
一度目は廣瀬の手のよって殺められ殺され、二度目は法廷の中で「猫だから」と命を軽んじられるという方法で殺される・・・、絶句するとはこのことでした。
廣瀬勝海事件。廣瀬勝海とは・・・
どんな生まれ育ちや環境が、子猫連続虐待犯を作り出したのか? 抵抗できない存在を翻弄し殺める人間を作り出したのか?
その生い立ち、鬱病発症、離婚、医療生活保護受給、そうして里親詐欺と子猫虐待死事件に至った経緯は、後日アプローチ法を考えまとめます。
廣瀬勝海が犯した犯罪は、出会い頭の単純な暴力行為などではなく、「快楽のために殺しを求めた」、ここが最重要ポイントです。この点にアプローチする必要があるのです。最重要な鍵なのです。
快楽目的の殺しは、脳が快楽を記憶します。そして、脳はそこに戻ろうとします。つまり、再発の可能性は十分にあるのです。
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